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幼いころ、自分は「誰か」を探していた。
まだ出会ったことのない誰か。
自分の「対」となるはずの誰か。
その「誰か」と出会った瞬間、すべてがカチリとハマる気がしていた。
欠けていたピースがきっちり埋まって、そのときようやく「自分」が完成するのだ、と。
信じて──でも、見つけられなくて、気づけば分別のある「大人」になっていた。
欠けていたピースは、未だ埋まってはいない。けれども、一度はそれでいいと思ったはずなのだ。
なのに──
「佳織先生、さよーなら」
「佳織ちゃーん。また明日ー」
塾の教え子たちが、気さくな挨拶とともに階段を駆け下りていく。
よくある光景だ。塾講師となって間もないころは、彼らの慣れ慣れしい態度にギョッとしたものの、今となっては親愛ゆえなのだとすっかり受け入れるようになっていた。
「気を付けて」と返しながら、真田佳織はゆっくりと階段を下りた。
今日の講義はすべて終わっていたが、このあと小テストの採点作業が待っている。帰りは、いつもより一本遅い電車になりそうだ。
と、ひとりの少年が佳織の前に立ちはだかった。
「いた……見つけた!」
知らない顔。
なのに、彼から向けられる眼差しは、なぜか強くて妙に甘い。
「やっと会えた──サクラ!」
避ける間もなかった。
気がついたら、佳織は少年の腕のなかにいた。
ひとまわり大きな体躯から届く、日だまりの香り。背中にまわされたその腕は、強く、そしてひどく熱い。
佳織は、呼吸を忘れた。
埋められていなかった何かが、カチリ、とハマったような気がした。
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