君のハートを××させたい!

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「“私の心を盗んだくせに!泥棒しておいて逃げるなんて!”あのマンガでは、ヒロインがそう言ってヒーローを詰ります。私はそれが生理的に受付られませんでした。ヒーローは確かにかっこよかったし、ヒロインに優しくしてくれました。恋愛対象にしたくなるのもわかります。でも……盗んだ、なんて。まるで犯罪者のように言うのはどうかしています。昔ながらの表現の一つとして、恋をしたことを“私のハートを盗んだ、奪った”というのは珍しいことではありませんが……あのマンガは、よりその表現を強調しています」  なるほど、と僕は理解した。つまり、恋愛(それも片思い)と、犯罪行為である“泥棒”を同じ表現としたことが、彼女はどうしても許せなかったらしい。 「……そう言われてみると、確かにちょっと嫌な表現かもね」  僕は頷いた。 「ヒロインが、一方的にヒーローを好きになっただけだもんね。それを、まるでヒーローが惚れ薬でも飲ませて無理やり好きにならせておいて捨てました、みたいな言い方をするのはあんまり気分が良くないかも」 「でしょう?」 「昔から、恋愛を“私のハートを盗んだ”みたいな言い方で表現することは確かに多いけど……盗んだ、って本当はちょっとおかしな言葉だよね」 「わかって頂けますか、そうなんです。万引きの場合は、盗む側に悪意があります。店の人を困らせてやりたい、もしくはお金を払わずに物を手に入れたい、あるいはゲーム感覚で悪いことをしたい……などなど。ですが、“ハートを盗んだ”場合は違います。盗んだ、とされる側は悪意どころか盗んだ認識さえありません。どちらかというと、ヒロインの側が自分からハートを差し出したようなもの。自ら押しつけておきながら、恋の望みが薄くなったと見るや否や泥棒扱いはいかがなものでしょうか。まるでストーカーの考え方を見ているようです」 「そ、そこまで言うつもりはなかったんだけど……」  なんとまあ、面白い考え方をするものだ。独特な恋愛観――いや、感性だというべきか。 「ということは……君は、“一目惚れ”はどう表現されるべきだと思うの?」  僕はちょっと身を乗り出して尋ねる。いつの間にか、教室には僕達以外に殆ど人がいなくなってしまっていた。僕としては願ったりかなったりだが。 「ほら、確かに一目見て好きになった時って、“相手に心を奪われた”みたいな感覚になるのもわからないわけじゃないだろ?でも、この表現は確かに、相手に非を押しつけてるようで卑怯でもある。じゃあ、一目惚れとか、片思いとか……そういう時って、どういう言葉を使うのが適切なのかな」 「……難しいことを仰いますね」 「うん、自分でもなんか難しい問題ふっかけてるなって思った。でも、君の意見は面白いから訊きたいと思って」 「……うーん」  僕の質問に、彼女は難しい顔で考え込んでしまった。今日は、なんだかとても新鮮な日だ。一体今日だけでいくつ、彼女の新しい顔を発見できていることだろう。
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