真実(岳 side)

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岳に緊張が走る。好意を寄せる町田を昼休憩に誘い、1時間限定とはいえ初めて食事に誘えた事に、気持ちも心臓もドキドキと高揚(こうよう)していた。 (30を過ぎた男が、まるで思春期(ししゅんき)の子供のように、好きな女の前でこんなにも緊張して、ドキドキしているなんて知ったら……笑うだろうか…) 岳は心臓を高鳴らせ必死で平静を装い、町田との楽しい時間を過ごす。 食事を終えて3階の休憩室で、元々今日の夜、食事に誘うつもりでいた岳は、町田を食事に誘う。これまで何度も夜食に誘っていたが、断られてばかりいた。だが昼休憩に誘う事が出来、岳の誕生日でもあるこの日、初めて夜食に誘えたのだった。 仕事が終わってから町田と食事に行く事を古谷に伝え、夜の偵察は終わらせる。古谷と岳が交代という訳だ。 岳の車の助手席に町田を乗せ、運転席に岳が乗ってシートベルトを締めた時、助手席の町田と視線がぶつかった。車内は狭くこれほど近くで町田を見る事もなかったが、岳は目の前の町田に目が離せず、町田も目を逸らさない。 衝動的に欲情が煽られ、岳は町田の目を射るように見つめたままゆっくりと顔を近づけた。もうあと数cmで唇が触れてしまう距離で、町田が目を閉じ顎を引く。その瞬間、岳は我に返り身を引いて、運転席のシートにもたれた。 (あぁ……何、やってんだ俺……つい、キスしたくなった…) 恥ずかしさや緊張で言葉も見つからず、岳も町田も沈黙したままだった。車は岳の従兄である智巳の和食創作料理店に着き、2人は車を降りて中に入る。 智巳の愛嬌とちょっと世話好きな性格のお陰か、岳の緊張はおさまり、さっきまでの町田とのギクシャクした雰囲気もなくなった。岳が話す前に智巳が誕生日だという事を話してしまい、岳はチラリと町田を見る。 「おめでとうございます」 町田はそう言って微笑んだ。岳も微笑み返すと、智巳が含み笑いで言う。 「あっ! だからかぁ! あぁ…な・る・ほ・ど…」 (全く……俺の従兄弟はどうしてこうも…人の恋路が楽しそうなんだ…) 岳が智巳の店に、町田をつれて来たのには意味がある。しかも岳の誕生日。その意味は余計に深くなる。智巳が店を始めた時の約束で、こんなやり取りがあった。智巳、岳、湊の3人が集まり、開店祝いで飲んだ時だ。 ≪お前らに言っておく! この人だって決めた相手を、店につれて来る事!≫ ≪えぇー! 智兄に会わすの嫌なんだけどな…≫ ≪俺も……だって茶化すよ、絶対! 岳なら会わせてもいいけどなぁ…≫ ≪いいーや! 絶対つれて来いよ! これは3人の約束だからな。その代わり、美味(うま)いもん食わしてやるから≫ ≪美味いもん食わせるって、それは俺達だけじゃなくて、客にもだろ≫ ≪そうだぁーそうだぁー、岳、もっと言って≫ ≪湊! ふふっ、祝ってやるからさ……つれて来いよ…≫ ≪あぁ、分かったよ≫ ≪ふふっ、当然だよ≫ 岳はあの時の約束を、自分の誕生日に果たした事になる。それを町田の前で含み笑いをしながら言った事に、岳は冷静に笑顔を消し余計な事はいうなとばかりに低い声で言った。 「いいから……美味(うま)いもん出せよ…」 「くくっ、了解! 奥、案内してやって」 奥の部屋に案内され、岳は少し町田に対する緊張感が和らいでいた。全ては智巳のせいだ。だけど、ありがたかった。そのお陰で町田と普通に会話を楽しめる。岳が質問をすれば素直に答えてくれ、料理も美味しそうに食べる。
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