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食事をしながら2人で色んな話をして、岳も町田も緊張感が取れ和む。町田からの質問に岳は素直に隠さず何でも話す。休日の過ごし方や恋人の存在。
(恋人の存在を気にしてくれるのか? 俺が好きなのは……町田だよ…)
そう言ってしまいそうになるのを抑えて、岳は恋人がいない事を町田にアピールするように話す。そしてさり気なく町田に、気になっていた恋人の存在を尋ねる。古谷を引き合いに出し、訊いてみた。
「4月に古谷が入って来てから、仲が良さそうに見えるが、付き合っているのか?」
「いえっ! 付き合ってないです! 彼氏なんていませんから!」
声を荒らげて反論して来た町田。岳は驚き、慌てて謝罪する。
「そうか…悪かった…」
(そんなに強く否定するとは、思わなかったな……でも…安心した…)
町田に恋人がいない事を知って、岳はついニヤケてしまう。町田が目の前で料理を食べ、目を輝かせているのを微笑ましく見ていたが、岳の内心は嬉しくて仕方なかった。
食事がある程度終わった頃、智巳のサプライズで誕生日ケーキが運ばれ、町田と智巳が岳の誕生日を祝う。岳は嬉しそうに2人に礼を言い、町田とケーキを食べた。
店に来る時の緊張感が嘘のように、帰る頃には岳と町田はいい雰囲気で打ち解けていた。町田の家の住所をカーナビに登録し、帰りの車の中で岳は両親や家庭環境を町田に話す。「会社を継がないのか」と訊かれ、岳は「まだ考えていない」と答えた。それには岳なりの考えがあり、まだ先が見えていなかったからだった。
町田のマンションの前に着き、岳は今日の礼を言う。そして町田を、今度は飲みに誘った。すると町田は誘いを受け、岳は次の約束を取り付けた。嬉しくふと湧き上がる感情。岳は黙ったまま町田をジッと見つめ、考えていた。
(好きだと言ってしまおうか……このまま帰したくないと…)
町田が見つめ返して来て、岳はハッと我に返り思い留まる。
「あ、あぁ、そうだ、ケーキ」
岳は誕生日ケーキの残りを入れた箱を後部座席から取り、町田に渡す。
(まだ……だ……まだ、今日初めて食事をしただけだ……でも…)
町田は礼を言って助手席のドアに手をかけ開けた。
「町田…」
岳は名残惜しそうに町田を呼び腕を掴んで「おやすみ」と声をかけた。本当は「好きだよ」と言ってしまいたかった。町田は「おやすみなさい」と言って車を降り、岳の車を見送っていた。
家に着いて、ソファーの横に鞄を置き上着を脱いでソファーの背もたれにかける。ソファーに座り背もたれにもたれ、深く息を吐いた。
「あっ、湊に…」
上着のポケットからプライベート用の携帯を出し、古谷からのメッセージを確認する。
【午前中の件以外は、特に問題なし。初誕生日デート楽しんで来て。岳、31歳の誕生日おめでとう】
岳は古谷に電話をかける。数回のコールが鳴って古谷が電話に出た。
「あぁ、悪いな。今、帰って来た」
《お疲れ様です。メールは見られましたか?》
わざとらしい敬語は、古谷の照れ隠しだ。岳はそれに乗ってやる。
「あぁ、見たよ。ありがとう」
《いえ、では失礼します》
電話口で少し笑って古谷が電話を切った。岳はネクタイを緩めながら、着信履歴にある母親に電話をする。今日の誕生日を『特別な人』と過ごした事を話し、祝いの言葉をもらって電話を切った。
「今年は、いい誕生日だったなぁ…」
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