プロローグ

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大したことない事にも関わらず、星野はいつも笑顔で「ありがとう」と澪に礼を言う。時には世話になっているからと、食事に誘われた事もあった。澪はそんな星野の誘いを「大したことじゃありませんので」と言って、ずっと断り続けている。 (2人で食事なんて、行ける訳ないよ……緊張して、食事どころじゃなくなるに決まってる…) そういった意味でも『別れさせ屋』としての依頼じゃなかった事に、安心した。 「それで……独身、恋人は見受けられない…か。確かに、恋人の噂は聞かないな。でも社内の女性社員には、人気があるからなぁ…」 ひとくちコーヒーを飲んで、マグカップをテーブルに置く。 「好きなタイプとか書いておいてよ……で、営業部長としての実績は高く噂に聞くが、プライベートでの彼の素性は謎に包まれている……って、依頼人は男性だよね。プライベートの部長を知ってどうするの? 仕事相手なら、プライベートは関係ないでしょ? ほんとに依頼人って男性なのかな?」 資料を他にも見てみるが、依頼人の事は書かれておらず、澪には分からなかった。星野の情報は他になく、住んでいる所の住所すらなかった。 「部長のプライベートを暴けって事か……やっぱり、乗らないなぁ……プライベートを知ってどうするんだろ? 桜、どうして引き受けたのかな…」 ターゲットとなる人が不利になるような依頼は受けないはず。澪は西原を信用しているが、今回の依頼は少し謎が残っていた。 西原には本業の『starry sky』で営業事務をしている事は話している。もちろん上司である星野の事も、2人の会話で話題に上がる。澪はいい印象で星野の事を話しているし、おおよその星野の人柄を西原は知っているはずなのだ。ただ澪は、星野に好意を寄せている事だけは話していないけれど。 『別れさせ屋』での仕事をする際に、西原から言われている事。それは、恋人や好きな人がいない事だ。『ラブ&ピース』の採用条件にもそれは書かれている。理由は1つ。『別れさせ屋』の仕事で、自らの恋人を悲しませない事。好きな人に勘違いが生じないようにする為だ。だからこそ、澪は西原に話せていない。 「依頼人……社内の人間かな? はぁっ……気が重いけど、仕事だもんな。やるしかないな…」 澪は意を決して、準備に取り掛かる。寝室のクローゼットを開け、少し大きめの鞄に衣装ではないプライベートの服を詰める。 (明日から、車で出勤しないと…) 星野は車で出勤している。これから1ヶ月間、仕事終わりに会社から家まで尾行をするには、澪も車でないと無理だ。しかも、仕事のままの姿だと気づかれてしまう。着替えも必要になってくるのだ。 (どうか……変な事が起きませんように……) そう澪は祈りながら、眠りについた。
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