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調査開始
月曜日の朝7時。澪は起きてまず、キッチンに行きコーヒーメーカーに豆と水をセットしてスイッチを入れた。コーヒーが出来上がる間に、洗面台で歯を磨き顔を洗って、寝室のクローゼットを開ける。夏用のスーツを出しシャツを着てスカートを穿き、上着と鞄を持ってリビングのソファーに置いた。
コーヒーの香りがして澪はキッチンに行き、マグカップにコーヒーを注ぎ細長いシュガースティック1本とコーヒーフレッシュ1つを入れてかき混ぜ、カップを持ってソファーに向かう。コーヒーをひとくち啜って、ローテーブルにカップを置き、鞄から化粧ポーチを出してテーブルに鏡と化粧品を並べ化粧を始めた。
『別れさせ屋』のバイトでは、恋人役は『トラップ』と呼ばれている。澪が『トラップ』をする時は、ターゲットの好みに合わせ衣装や化粧、髪型など変えている。ターゲットがより『トラップ』に落ちやすくするためだ。化粧や髪型は、華やかだったり派手な時もあり、普段の澪とは少し違う。
それは『トラップ』の時だけではない。澪の本業である営業事務の仕事の時も、普段の澪とは違う。服は紺のスーツを数枚着回していて、鞄はシンプルなデザインの黒。靴は黒のパンプス。化粧はベージュやブラウン系のナチュラルメイクで、胸まである髪は1つにまとめ後頭部でクルクルとねじり上げ髪留めで留めている。最後に紺の細いフレームの眼鏡をかける。もちろん伊達メガネだけど…。どこからどう見ても、真面目なOLの出来上がりだ。
準備が整いコーヒーを飲み干し、キッチンのシンクでカップをサッと洗って食器棚に戻す。私服を詰めた鞄と仕事用の鞄、スーツの上着を持って、澪は家を出た。マンションの駐車場に停めた軽自動車に乗り、後部座席に荷物を置いて自社ビルに車を走らせる。
20分ほどで自社ビルの駐車場に着き、澪はいつも駐車場の一番端に車を停める。仕事が終わってすぐに『トラップ』の姿になる事もあり、目立たないようにしていた。おかげでこの3年バレてはいない。
仕事用の鞄を取り静かに車を降りて、ビルの中に入る。1階の総合受付の前を通り、エレベーターに向かう。3台あるエレベーターの前はまだ人も少ない。澪が車で出勤する時は、いつもより早めに出勤して来るからだった。澪を入れて3人がエレベーターに乗り、降りる階のボタンを各自押す。
1階は総合受付とコンビニ。2階は社員食堂。3階は営業部とマーケティング部、商品企画部などがあり、会議室が2部屋ある。4階は輸入や輸出の流通や貿易における保険代理を行っている貿易部。5階は金融部。6階は大会議室があり、最上階の7階は、社長室や重役のオフィスがある。
エレベーターのランプは4階、5階のボタンが点いている。澪は背後に立つ男性2人に軽く会釈し遠慮気味に3階のボタンを押した。営業部の営業事務である澪からすれば、貿易部や金融部など住む世界が違うように感じていた。
3階に到着しドアが開くと、澪は会釈して降りる。そのまま営業部のオフィスに向かった。オフィスにはまだ数名の営業しか出勤していない。澪は挨拶をして中に入り、自分のデスクに向かう。
「あっ、町田さん、おはよう!」
「おはよう!」
「おはようございます!」
澪に挨拶が帰って来る。澪は挨拶を返す営業に笑顔を返して席に着き、デスクの一番下の引き出しを開け鞄を入れて、社員証を取り出し紐に頭をくぐらせ吊るした。
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