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営業部のオフィスは、出入り口からデスクが左に4台、右に6台横に並んでいて、向かい合わせでもう10台、その奥に同じように向かい合ったデスクが20台、計40台のデスクが並んでいる。営業が34名、営業事務は6名在籍している。そして右の一番奥、真ん中の広いデスクが星野のデスクになっている。
澪のデスクは廊下側の列の右奥から2つ目。澪を取り囲むように、担当する営業のデスクがある。その1つに座る営業、古谷 湊が出社して来た。
「おはようございます!」
元気よく挨拶をしてオフィスに入って来る。先に来ている営業が挨拶を返し、古谷は笑顔で澪の方へやって来る。
「おはようございます」
澪が先に声をかける。すると古谷は満面の笑みで「おはよう!」と返し、澪の右隣りのデスクに鞄を置いた。
古谷 湊、26歳。
今年の4月、マーケティング部から営業部に異動して来た。星野が引き抜いて来たという噂もあるが、まだ2ヶ月で営業としての実力は分からない。何かと澪に頼って来る傾向があり、澪は仕方なく世話を焼いている。
「町田さんさ、何時に出社してるの?」
「あ、時間は決まってないんです。準備が出来たら家を出るって感じなので」
「ふーん、そうなんだ」
そう言って椅子に座り、スッと椅子ごと澪に近づいて顔を覗き込む。澪の肩に古谷の顔が少し触れる距離。澪はドキッとして、体に緊張が走る。
「前から思ってたけどさ、町田さんって、綺麗だもんね」
右耳に囁くように言う古谷の息がかかる。澪は左に少し体を反らし、古谷から距離を取って顔を見る。古谷はニコリと笑い、続けて言う。
「ナチュラルメイクで綺麗だから、スッピンも綺麗なんだろうな」
澪としては、ただ目立たないように地味にしているつもりなのだが、至近距離で顔を見られ、綺麗だと褒められるとは夢にも思わず、動揺を隠せない。
「そ、そんな事は、ないですよ。や、やめて下さいよ。セクハラですよ」
恥ずかしさで顔を火照らせ、動揺したままそう言うと、古谷はデスクに戻り少しスネたように言った。
「あぁ、今は何でもセクハラって言われるなぁ……本当の事を言っただけだし、褒めたつもりなのになぁ……女性に綺麗って言って何が悪いんだろ? 残念な世の中だよなぁ…」
「あっ、いや、すみません……慣れてなくて…つい…」
「慣れてないって、綺麗って言われない?」
(この姿で言われた事なんてないよぉ……『トラップ』の時はあるけど…)
澪は首を横に振って答える。するとその時、オフィスに出社して来ている営業や営業事務の皆が一斉に挨拶をする。澪が出入り口に視線を向けると、星野がオフィスに入って来た。皆に挨拶を返しながら星野が澪の前を通る。
「おはようございます!」
澪が星野に挨拶をすると、星野は微笑んで「おはよう」と返した。星野がチラリと古谷に視線を向けると、慌てて古谷が挨拶をする。古谷に「おはよう」と返し、星野は自分のデスクへ着いた。
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