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2人で焼肉を堪能し澪が勘定票を取ろうとすると、入っているはずの勘定票がない。
「行くよ、澪ちゃん」
古谷が立ち上がってテーブルを離れ、出口へ向かう。
「まさか、湊君!」
澪は慌てて古谷のあとを追う。古谷はレジの前を通り「ごちそうさま」と店員に声をかけると「ありがとうございます!」と店員は言った。
(私がトイレに行っている間に、湊君が会計を済ませちゃったんだ…)
澪も「ごちそうさま」と言って店を出て、古谷の腕を掴まえる。
「湊君! ちょっと待って」
「ん…?」
「どうして? 私がご馳走するって言ったでしょ」
澪は古谷の腕を離し、鞄から財布を出して、入っている札を全て古谷に差し出す。すると古谷は澪の手を押し返し、微笑んで言う。
「いいんだよ。俺がご馳走したかったんだ」
「ダメ! 私がご馳走するって言った時は、受け取ってよ」
「あれ? なお? ……なおじゃないか!」
澪と古谷が店の前で言い合っていると、どこからか男性の声が聞こえ、2人はその声の方へ視線を向けた。男性は真っ直ぐ澪の方へ向かって来る。笑みを浮かべ向かって来る男性には見覚えがあった。
以前『ラブ&ピース』で別れさせ屋のバイトをしていた時、『トラップ』として接触したターゲットの男性だ。澪は少し怖くなり1歩後ずさる。すると澪の腕を古谷が掴み、澪を背に回して男と向かい合った。小さな声で古谷が澪に言う。
「この男……元ターゲットだろ? 大丈夫、俺から離れないで」
「うんっ…」
澪は小さく返事をして、古谷の服を掴み背中にしがみつく。
「何だよあんた。あんたに用はねぇよ。なお、誰だコイツ」
男が古谷の目の前でそう威圧するように言い、後ろにいる澪を覗き込み声をかける。
(どうして私が分かったの……あっ…)
仕事が終わり帰る時には、後ろでまとめた髪を下ろしている。しかも今はもう眼鏡もしなくなり、化粧も普通にしていた。
(なおがスーツを着ているように見えるだけなんだ…)
「なーお!」
男が澪の事を呼び、手を伸ばして来る。だが古谷が澪を背に守り、男の手から離す。
「何だよ、お前! なおは俺の彼女だったんだぞ!」
「お前こそ、何だよ。彼女だったって、過去形じゃねぇか!」
「うるせっ!」
男の怒鳴り声がした後、古谷が大きく右に動く。古谷の右手は背にいる澪を掴み支えている。澪を守りながら古谷が言う。
「振られたんだから、諦めろよ!」
「お前は何なんだよ! 関係ねぇだろ!」
「関係……ねぇ…」
一瞬沈黙があり、次の瞬間、鈍い音が聞こえた。古谷がまた右に揺れる。
「何ごちゃごちゃ言ってんだよ! なおを渡せ!」
男がそう言って背後に手を伸ばしたその時。
「澪ちゃん、ちょっと離れて」
古谷はそう呟き澪から手を離して、男の手を掴み、拳を振り上げた。
「お前こそ、うぜぇんだよ! 俺の女に手を出すな!」
古谷が男の胸ぐらを掴み、右手の拳を何度も振り下ろす。
「彼女は俺の女だ! 誰にも触れさせない! 俺の大切な…」
男に馬乗りになり殴り続ける古谷の声は、震えていた。
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