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古谷の顔がゆっくり近づいて来て、目の前で少し傾き、澪の唇に古谷の息がかかる。その時、玄関のドアが開いて星野の声がした。
「ただいま! 澪! ん?」
とっさに古谷が離れる。玄関から中へ入って来る星野。澪はスッと立ち上がり星野の声に答える。
「おかえり」
リビングに入って来た星野に、古谷はいつものように笑顔で話す。
「岳、おかえり。お邪魔してまーす!」
「はぁ? 何で、湊がいるだよ。えっ、その手、どうした?」
「今日ね」
澪が星野にさっきあった事を話そうとすると、古谷が明るく面白おかしく話し出す。
「今日さ、岳とよく行く焼肉屋に澪ちゃんと行ったんだけどさ、店の前で元ターゲットの男にバッタリ会ってさぁ。澪ちゃんに絡んで来るから、追い払った時にちょっとね、殴っちゃって…へへっ…」
「湊……お前、その口、殴られたのか?」
「あぁ、1発だけ……油断してた時で、それからはボコボコにしたよ。脅しておいたから、もう大丈夫だよ」
「湊は大丈夫なのか?」
「あぁ、平気平気。あっ、一応正直に言っておくけど、澪ちゃんに彼氏がいる事になってるからね。「俺の彼女だ」って言ったからさ。岳と俺は似てると思うし、大丈夫だと思うけど…」
「はぁっ……まぁ、澪を助けてくれて、ありがとう」
「ふふっ、俺はナイトなんで。王子と姫は守りますよ」
さっきまでの古谷とは違って、いつも見る明るい古谷に戻っていた。
「じゃ、手当てしてもらったし、俺は帰るね」
「おぅ、ありがとな。気をつけて帰れよ」
「うんっ」
古谷はローテーブルに置いていた車の鍵を取り立ち上がって、玄関に向かい澪に言った。
「今日はごめんね。手当てしてくれて、ありがと。じゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」
澪は今日の出来事をそれ以上は話さず、星野の話を聞いた。
会食に集まった2社との契約を取りつけ、早速来週にも商品が入って来る事になったと嬉しそうに話す星野だったが、澪はさっきの古谷の様子が頭の中に残っていた。
(あれって……キスしようとしてた…? それが、湊君自身を優先させた事…?)
「……澪、どうした?」
「あ、ううん。何でもない。そっか、契約、取れてよかったね」
「あぁ、これで少しは安心だ」
「そうだね…」
星野は寝室に入りクローゼットを開けて、スーツを脱ぎハンガーにかける。着替えながら星野が話を続ける。
「明日は、結婚式の打ち合わせの日だな。ドレスも見るんだろ」
「うん…」
澪は星野の話に返事をし、ローテーブルの消毒液や塗り薬を薬箱に入れる。
「早くウェディンドレス姿の澪を見てみたいな」
部屋着に着替えた星野は微笑んでそう言うと、澪は笑顔を見せ答える。
「そうだね。試着で色んなドレスを着てみたいな」
「あぁ、試着か。そっか、その手があった」
「ん…?」
「試着の時に、色んなドレスの澪が見られるな」
「ふふっ、そうだね」
星野に笑顔を見せながら澪は、薬箱を元の場所に戻し、古谷の事を考えていた。
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