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星野が言っていた通り、月曜日の朝、先に出社していた古谷はいつも通り明るく元気に澪に挨拶をして来た。金曜日の夜の事がまるで嘘のように感じる。
「おはようございます」
澪は古谷に挨拶をして椅子に座る。古谷の右手の甲には大きな絆創膏が貼られ、包帯は取られていた。
「古谷さん、手、大丈夫?」
「あぁ、大丈夫。包帯だと手が使いにくいし洗えないから、絆創膏にしたんだ」
「そうですか…」
「なんかごめんね。あの時、俺、ちょっと興奮してたから、訳分かんない事言ったけど、気にしないでね」
「はい……でも…」
澪は椅子ごと古谷に近づき、男から身を挺して守ってくれた事や古谷の気持ちを思い、気持ちを込めて耳打ちする。
「湊君、ありがとう…」
その言葉の意味を、古谷が理解したかどうかは分からない。だが一瞬、古谷の顔が悲し気に歪み目が潤んで、満面の笑みを浮かべて澪に言った。
「どういたしまして、俺の姫…」
「ふふっ」
澪と古谷は笑い合い、ほどなくミーティングが始まった。
結婚式の準備は順調に進んでいる。あの夜の翌日、土曜日。ウェディングドレスは1日かけて何着も試着し、その度に星野は目を輝かせて携帯で写真を撮っていた。その中で澪が決めたウェディングドレスは、肩が出ていてウエストはキュッと細く、腰から下はマーメードのデザイン。裾が後ろへ長くなっているドレスだった。
そして星野もタキシードの試着を3着ほどして、澪は文句を言いながら携帯で写真におさめる。
≪もっと見たいぃ! これは? これ着てみて≫
≪いや、どれでも同じだって。もう色が違うだけだろ?≫
≪色違いでも、また変わるでしょ。こっちもカッコいいと思うなぁ≫
≪いや、もう……これでいい≫
≪えぇー、じゃ、あと1着≫
≪すみません、これでお願いします≫
≪もうっ……もっと着てくれてもいいでしょ……カッコいい岳が見たいのに…≫
澪のわがままをあしらって、星野がスタッフにタキシードの決定を告げる。澪は仕方なく諦め、携帯で撮ったタキシード姿の星野を見ながらニヤニヤしていた。
結婚式の打ち合わせを少しして、駐車場に停めた車の中。車に乗り込むなり、星野は助手席の澪に覆い被さり、唇を重ねる。激しく舌を絡めて深いキスをする。
「いいかげんにしろ。俺を煽るな。ドレス姿でも結構ヤバかったのに、なんだあの「カッコいい」の連続」
「だって、本当にカッコいいんだもん」
「もう、俺には「抱いてくれ」って言っているようにしか、聞こえん」
「じゃ「抱いてくれ」って言ったら「カッコいい」って聞こえる?」
「はぁぁ? んな訳あるか! 「抱いてくれ」はそのままだ。帰るぞ!」
星野はすぐに車を出し、いつもの半分の時間で家に帰り、まだ昼間にも関わらず、澪を激しく抱いた。澪の耳元で星野が囁く。
「俺を煽った、お前が悪い」
「んんっ……はぁっ……そんなぁ…」
その夜も澪は星野に離してもらえず、力尽きいつの間にか眠ってしまっていた。
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