白い封筒

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白い封筒

料理教室に通い始めて1ヶ月。毎週火曜日と木曜日は仕事が終わると、古谷が料理教室があるビルの前まで車で送ってくれていた。 「ありがとう。じゃ、湊君、気をつけてね」 「うん。行ってらっしゃい」 澪は笑顔で手を振り、古谷を見送った。すると背後から澪を呼ぶ女性の声。振り返ると、教室にやって来た駒木だった。 「澪さん! 今の旦那様になる人? すっごくカッコよかったけど!」 「あっ、鞠ちゃん。ううん、違うよ。従兄なの」 「従兄? へぇ……カッコいい従兄だなぁ。いいなぁ…」 「ふふっ、湊君もカッコいいけど、私の旦那様になる彼もカッコいいよ」 澪は初めの頃に、料理教室に通う理由を「来年に結婚を予定していて、今のうちに色んな料理を覚えておきたい」と駒木に話していた。 「そっかぁ。あっ、でも、私の彼氏もカッコいいよ」 「ふふっ、彼氏の写真見たいな」 「いいよ!」 2人は料理教室に向かい、エレベーターに乗る。駒木は携帯を取り出し、保存データを開いて、彼氏との2ショット写真を見せた。 「うわっ! カッコいい。イケメンだね」 「そうでしょ! うふふっ」 駒木が嬉しそうにニヤニヤしながら、写真を眺める。 (幸せそうだな……鞠ちゃん、可愛い) 「じゃ、今日もその彼に美味しいものを食べてもらえるように、料理を覚えよう!」 「おぉ! ふふふっ」 エレベーターの中で2人は右手の握り拳を小さく挙げ、笑って料理教室に入った。 平日は朝の9時から夕方6時まで営業事務の仕事をし、週2日仕事後料理教室に通う。土曜日と日曜日に星野と結婚式の打ち合わせに行き、準備を進めると言う生活を過ごしていたある日。宛名など何も書かれていない白い封筒が、ポストに入れられていた。 澪はリビングで首を傾げて、恐る恐る封筒を開ける。中には1枚の紙が入っていて三つ折りにされていた。紙を取り出し開いてみると、写真を印刷したものだった。 (ん…? 何、これ…) 文字は一切書かれていない。その写真をよく見ると、澪にも見覚えのある女性と星野だった。カット割りで3枚の写真が並べて印刷されてあり、笑顔で会話をしているもの、向かい合って見つめ合っているもの、そして抱き合っているもの。 (これって、瑞貴さん……だよね……ウチダ社長がいない……2人で会ってるって事…?) 澪は星野からウチダ社長と会食だと聞いていた。新商品の輸出問題でずっとやり取りをしていて、その担当である瑞貴も一緒だろうとは思っていた。仕事として当然で必要だと思っているからこそ、澪は納得していたし、疑いもしていなかった。だが会食の後のこんな場面を見せられると、澪の心が揺らぎ始める。 (ダメだ……こんなの、接待……接待で仕方なく……きっと岳からじゃない…) ウチダ社長が星野の事を信用している事は、澪自身が証明した事だ。だから娘の瑞貴の結婚相手にとも思ったほど、星野の事を気に入っている。2人を信用し2人で会わせているのかも知れないと思うと、澪は不安を拭い切れなかった。 澪は紙と封筒をクシャと丸めてゴミ箱に捨てた。
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