序章

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序章

 彼との思い出の場所に来た。初めて声をかけてくれた公園のベンチに座って、日記を開く。何度も読んでいるから、紙に私の指の感覚が残っているようだ。ページはとても捲りやすい。彼がこの日記に書いた私の名前は、一体いくつあるんだろうか。日付を進めて読んで、一日だって私の名前が書いてないことは無かった。彼の日記を初めて読んだ時の私の涙の跡が滲んでいる。最初は綺麗だった彼の字も、日が経つごとに力が抜けていくように歪んでいった。 「紫苑(しおん)――」  日記に夢中になっていたら声をかけられた。優しい、穏やかな声。 「ごめん、遅れた」  待ち合わせに少しだけ遅れた彼の方を向いて小さく微笑む。彼は私の隣に座った。 「大丈夫、ちょっと昔を思い出してたから。あれから何年だっけ……」 「日記読んでたのにわかんないの? 五年だよ」 「そっか。五年……長かったような、短かったような、そんな感覚だよ」  そういうと苦笑して、私は日記をカバンにしまってベンチから立ち上がった。 「私ももう立派な大人だね」  立ち上がったあと、彼に向かってそう言うと、そうでもない、なんて言われてしまった。彼も立ち上がり、青空を見上げてから私に視線を戻す。 「あれから、紫苑はなんにも変わってないよ。その日記を読み返すのだって、そういうことでしょ」 「そうかな……、そうかもね。私、まだ前に進めてないや。……でも、辛くはないの。このままでいたいって、なんとなく思ってるのかもね」  それじゃあ、ダメかな、なんて彼に問いかけると、彼は困った顔をした。だから、私も苦笑して謝る。 「そろそろいこっか」  彼をあまり困らせたくなくてそう言って目的の場所へと歩き出すと太陽の光が眩しくてつい目を細めた。真夏の太陽は私の視界を霞ませる。  霞んだ視界に、今にも消えてしまいそうな彼が、いた気がした。
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