回想

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回想

 初めてのデートは、地元のショッピングモール。ただ二人で歩くだけでも恋人になった途端恥ずかしかった。何度もタイミングを伺って、帰り際、やっと手を握った。手を握っていたのはすごく短い時間だったけれど、彼の体温がずっと残っているようで、心臓がしばらく落ち着かなかったのを覚えている。それから何度か近場でデートをして、ある日の放課後、公園で少しわがままを言った。 「水族館、行きたい」 「急にどうしたの? そんなに真剣な顔で言われると身構えちゃうよ」 「私の行きたい水族館、少し遠くて、いつも近場でデートだから嫌かなって」  行きたい水族館のサイトをスマホで彼に見せながらいうと、確かに遠いね、なんて彼は笑った。でもすぐに、いいよ、と返事が返ってきた。 「でもなんでここなの? 他にももう少し近い水族館あるよね」 「……シロイルカが見たくて。日本では、あんまりいないから、いる水族館で一番近いのはここなんだ」  たくさん調べたが、やっぱりその水族館が一番近くて、ただの私のわがままになってしまうとわかっていた。でも彼は、嫌だとも、他でいいじゃん、とも言わなかった。 「シロイルカ、好きなんだ?」 「花言葉みたいに、シロイルカにはいい意味があるの。幸福の訪れ、とか。まぁ夢占いとかの話なんだけどね。夢にシロイルカが出てきて、その先には会いたい人がいる、とかもあるらしくて、恋愛にも関係してて……、あ、あと、待ち受けにすると運が上がる、らしい?」 「シロイルカの夢、見たことあるの?」  私はその質問には答えなかった。実際、彼を意識して、シロイルカの夢を見て、彼の姿が夢に出てきた。だから、シロイルカの夢の意味を調べたのだ。そして一緒に見たいと思った。でも、なんだか恥ずかしくて言えなかった。 「……まぁいいや。いつ行く?」  私が答えなかったからか彼は苦笑してそう問いかけてくる。スマホのカレンダーを確認して、連休中なら、と答えた。彼の予定も空いていたようで、行く日はそれで決まった。近場じゃなくて遠出だから、楽しみで、ちょっと背伸びしたオシャレをしてみたくて、家に帰ってからタンスの中の服をベッドに並べてはいろいろ考えてみる。この組み合わせはどうかな、この色のスカート履きたいな、なんて独り言をこぼしながら服を考えた。  結局、なんとなく彼が好きそうな服に決めて、満足した。私はあまりオシャレをするほうじゃないから、メイク道具はあるけれど、それを使うことはほとんどなかった。けれど、やってみたいとその時は思った。彼に可愛いと思ってもらいたくて、ただそれだけの理由。恋をすると人は変わると言うけれど、私はわかりやすく変わるタイプだった。  当日を迎えた私はいつも何もしないボブの髪を少しだけウェーブさせて、いつもは付けないイヤリングを付けて家を出た。待ち合わせ場所の駅には、まだ約束の時間じゃないのに彼がいた。 「お待たせしました……」  彼の元へ行けばいつもと違う姿を見せるから恥ずかしくて、目を合わせられずつい逸らした状態でそう言った。 「……あ、うん」  ちらりと彼を見れば私を見て少し戸惑っている。やっぱり背伸びなんてするべきではなかったか、と恥ずかしさに鼓動が早くなって、焦りとか緊張とかいろいろ混じってよくわからなくなってきていた。 「……ごめん、似合わないよね、こういうの……」  沈黙に耐えられず苦笑してそう言うと、彼は首を横に振って、そんなことない、とはっきりと言った。 「どうやって褒めたらいいのかわかんなくて……えっと、似合ってる。いつもと違う雰囲気で、いいなって思うよ」  少し恥ずかしそうに褒めてくれた彼は、私の手を引いて改札に向かった。彼はあまり褒めなれていない様子で言ったけれど、私はそれが嬉しかった。褒める方も恥ずかしかったのか、少しの間私たちは目が合わなかった。でも、さりげなく握られた手が嬉しくて、一度離れてしまった手を、改札を通ってから、少しだけ勇気を出して、初めて私からもう一度彼の手をとる。  そこから電車で色んな話をして、でもずっと手を握ったままで、恥ずかしかったけれど、離したくはなかった。電車は乗り換えを数回して、長い間乗っていた。けれど、彼といるだけで楽しかったし、本当にくだらない、日常の話も聞き上手な彼とならすごく楽しい会話になった。  水族館に着き、ゆっくり、二人で歩いていろんな魚を見る。始めてみる魚や、名前も聞いたことの無い魚が沢山いて、その度じっと水槽を見つめる。 「桔梗は、好きな魚とかいるの?」 「……マグロかな」 「お寿司の話じゃないよ」  彼の冗談を聞いて笑いながら進んでいく。魚の写真を撮ったり、二人で写真を撮ったりしながら進んだ。そうしてやっと目当てのシロイルカの所に着けば、写真を撮って、その写真を眺めていた。 「写真じゃなくて本物みなよ」 「あ、うん。……思ったより大きくてびっくりしちゃった」 「うん、俺も。……確かに何となく不思議な感じするね、シロイルカって」 「……なんでだろうね。白いから? ほら、クリオネとか、クラゲも不思議な感じするし」 「それは多分ふわふわしてるからじゃない?」  そんなふうに話していれば、なんとなく、私たちの目の前を泳いでいるシロイルカと目が合った気がした。ただそれだけの感覚。けれど私は、その瞬間にふと思ったのだ。この出来事はきっと一生忘れないと。しばらくシロイルカを眺めたあと、一番奥にあるお土産コーナーに私たちは着いた。二人で何を買うか相談して、小さなシロイルカのキーホルダーを買った。ペアの物で、お揃いがすごく嬉しくて、キーホルダーを眺めては何度も笑みを浮かべてしまう。二人ともカバンに着けて、それから外すことは無かった。
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