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本編
放課後、教室で、桔梗は私を待っていた。緊張して教室で彼を待っていられなかった私はゆっくり入って、窓際にいる桔梗の目の前に立つ。
「今日は、帰らないで待ってくれたんだね」
「……話したいことって何?」
落ち着いた声で彼は私に問いかけてくる。でも、私と目が合うことは無かった。何となく、彼が少し痩せたように思える。彼はとても平均的な体型だったのに、少し、全体的に細くなったように感じた。彼の感情や行動ばかり気にしていて今日まで気付かなかった。
「……最近、私の事避けてるよね? どうして?」
「…………」
「嫌なこと、した?」
沈黙が重たい。
窓の外の日が沈むと同時に、私の気持ちも沈んでいく。私と目を合わせない彼の視線は、窓の外のままで、どこか遠くを見ているようだった。窓の外の空よりも、ずっと遠くを。
「……あのさ、紫苑」
二人で窓の外を見つめてしばらくした後、やっと彼が静かな教室にその声を響かせた。相変わらず視線は動いていない。私は彼を見つめて、その先の言葉を待つ。
「――別れよう」
予想してなかった訳では無い。でも、感情のない声色と言われたその言葉に、ショックを隠せなかった。私は言葉を失った。どうして、理由は、何も言ってくれないの、そんな言葉が頭の中をぐるぐると巡るのに、喉は蓋がしまったかのように声を発さなかった。
「紫苑、ごめん。もう一緒にいられない」
やっと私を見た彼は、悲しそうな顔になった。私はその表情に頷くしかなくて、彼は私が頷いた後、教室から出ていった。彼の居なくなった教室で静かに泣く。突然の失恋に、何もかもが終わったような感覚すらして、恋愛って、見えている世界が一変するものだと始まりと終わりで実感した。
泣いて、泣いて、落ち着いて、家に帰って、また泣いて、目の周りが痛かった。
「ぶっさいく……」
鏡を見てはそう呟く。彼に対する不満がなかったせいか、何も怒りは湧いてこなかった。そのせいか、苦しさと悲しさばかりが胸に溜まって爆発しそうだ。洗面所から出て、ご飯も食べずに自室に籠った。布団に入って目をつぶるけれど、眠れるわけが無い。いろいろ考えてしまう。私の何がいけなかったのか、私は彼に何をしてしまったのか。つい最近まで上手くいっていたはずなのに、ある日から桔梗は私を避け始めたのだ。それがいつだったが、どういうタイミングだったかは、明確には覚えていなかった。
次の日、私は気が沈んだまま学校へ行った。クラスの女子たちは私の様子が気になったのか、数人が机を囲んで私に話しかけてくる。
「紫苑、どうしたの?」
「なんか元気ないよ? オーラがすごい暗いっていうか……」
「……実は昨日、」
私は桔梗と別れたことを話した。何が悪いのか、一晩中考えたがわからなかった、どうすればいいのか困っていて苦しい、と彼女たちに言ってはまた泣きそうになる。
「えっ、急すぎて意味わかんないんだけど」
「なんでなんで? あんなにいい感じだったじゃん!」
「それがわかったら今私こんな風になってないよ……」
彼女たちは桔梗ともう一度話した方がいい、とまるで自分の事のように焦っていた。でも私は、昨日の一言で結構なショックを受けていたのだ。
「てか桔梗くんは? 今日まだ見てないんだけど」
「……、桔梗、今日休みだって」
私たちの会話に入ってきたのは彼の友人の新太だった。少し、深刻そうな顔で私を見つめる。
「別れたんだ」
「……うん。桔梗が、もう一緒にいられないって」
「そっか」
それだけの会話を済ませると、彼は自分の席に行ってしまった。チャイムがなり、ホームルームが始まる時間になると、私の席に集まっていた二人も自分の席へと戻っていった。
桔梗の欠席の理由は、担任が風邪だと告げた。別れたからって休むような人じゃないし、そもそも振ったのは向こうなのだ、ズル休みだとは思えなかった。私は気持ちが切り替えられないまま数日を過した。その数日間、桔梗は学校に来なかった。ずっと欠席で、その理由は風邪。本当に風邪でこじらせてしまったのだろうか。
心配で連絡をしようかとスマホを見つめるが、彼との連絡履歴を見ると別れた時のことを思い出して連絡なんて出来なかった。一人自室のベッドの上でため息を着く。もう金曜の夜。付き合っていた時は、たった二日会えないだけでももどかしくて辛かったのに、今では別の意味で辛い。一人になると、いろいろ考えてしまうのだ。
土日はどこにも出かけず、何となくぼんやりとすごしてしまった。恋をしていた私は、鏡に移る自分を気にして、出来るだけ可愛くありたいと思っていた。でも今では、鏡を見る度に喪失感ばかりを感じさせる自分の顔が鏡に写り、嫌になる。
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