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休み明けの学校へと向かう足は重かった。下を向いて歩いてしまうし、無意識にため息をついている。教室でもそれは変わらなかった。案外吹っ切れないものなのだと思う。そんなふうに考えていたら、久しぶりに、あの穏やかな声が聞こえた。教室でのみんなの話し声なんかよりも、私はその声に反応して机を見つめていた顔を上げる。教室の前のドアの所で、彼が友人に挨拶をしていた。
「おはよう、新太」
「おはよう、体調大丈夫?」
「へーきだって。そんな心配そうにすんなよ」
彼は笑っていた。その目線が彼の友人から私の方に移った瞬間、私達は目が合う。でも、直ぐにそらされてしまって、呼吸が一瞬詰まる。もう、友達ですらないのかもしれない。クラスの私たちの関係を知っている数人は私たちを見てヒソヒソと話し出した。平凡な日常に咲いた面白い話の花。可哀想、とか、何があったんだろう、なんて心配する声がある中、勝手な想像を働かせ、こうなると思ってた、なんて言う人もいる。何も知らないくせに。
……私でさえ、どうしてこうなったのか知らないのに。
それから毎日、桔梗と関わることの無い日常が続いた。悲しいとか、そんなの思っている暇もないくらい時間は早く流れていく。その中で、桔梗は学校を休むことが多くなった。週に一日程度から多い時は三日。関わらずとも気になっていた。
私に桔梗のことを聞いてはいけないという空気感から、クラスの人は彼について、彼の友人である新太によく聞いていた。新太は、知らない、と答えるだけでみんなの望む答えは返ってこない。それをこっそり聞いている私も、気になったまま、動けずにいた。別れたからって嫌いになる訳では無い。未だに好きな人が体調を崩しているのだから、気になって仕方がなかった。連絡ひとつ送れない臆病者だけれど。
放課後、雨が酷くて教室に残っていた。帰ろうと思ったら私の置き傘が誰かに使われてしまったらしい。ビニール傘だったし、私のだって印が大きく付いていたわけでもないから仕方ないか、と雨が少しでも止むのを待っていた。窓の外を眺めて数分、誰もいない静かな教室に、足音が響いた。足音の方に顔を向けると、彼がいた。
「……桔梗」
「下から見えたから。……傘ないの」
彼はわざわざ昇降口から出て、窓の外を見てる私を見つけて戻ってきたらしい。気まずい空気感があるけれど、彼の優しさがわかって頷いた。
「帰り、同じ方向だし送ってく」
「……ありがとう」
彼と並んで歩くのは久しぶりだ。彼の少し大きな一本の傘の中に二人で入って帰路を進んでいく。傘に弾かれた雨音が響いて、私の落ち着かない気持ちを少しずつ静かにしてくれた。
「……最近体調崩してるみたいだけど、大丈夫?」
「……まぁ、うん。大丈夫」
「そっか……」
会話をしてくれることにほっとして、何度か私から話しかけた。その度少し緊張するけど、会話を重ねればその緊張も減っていった。あの公園を通り越して、私の家の前についた時、お礼を言おうと口を開いた瞬間、彼が先に言葉を発した。
「……あの時は、言い方が悪くてごめん」
申し訳なさそうに、悲しそうに彼は言った。傘から出て、玄関の前に行けば彼をしっかり見て、もういいよ、と苦笑した。
「でも、せめて友だちではいたいな。……あと、別れたけど……私、桔梗のことまだ好き。ごめんね」
「…………、ありがとう。じゃあ、また明日」
「うん、また明日」
なんだか元気の無い桔梗に手を振って見送った。元気のない、というのは、精神的なものも表情に見えたけれど、体調が悪そうだった。大丈夫、と言われてしまうとそれ以上聞けないから、聞き方を間違えてしまったなと後悔した。家に入り、久しぶりに桔梗に「今日はありがとう」と連絡をした。ずっと出来なかった連絡も、案外簡単に出来てしまって、時間が解決する、という言葉の意味がわかった気がする。
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