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次に桔梗と話したのは数日後、図書室で偶然会った時だった。桔梗の手に取っていた本を見て私は首を傾げる。
「ねぇ桔梗、その本、前も読んでなかった?」
桔梗が持っていた本は三冊程度で、その中には彼が自分で持っている本もあった。
「そうだっけ」
「うん。この本の話、前一緒にしたよ。それに、この本は桔梗が自分で持ってるじゃん。なんでわざわざ図書室で借りるの?」
「…………無くしちゃって。また読みたいなって思ったんだよね」
何となくつらそうな顔で彼は私にそう言った。私は彼の様子がどんどんおかしくなっていくことに疑問を感じていた。私と別れたことだけが原因じゃないのは、普通に話してくれる感じを見ると違うのだろうと思った。多分、他に何かあるんだろう。
しばらく彼を見ていると、行動が少しおかしいことに気づいた。体育前に買った飲み物を、飲み終わっていないのに体育の後にまた買ったり、スマホをポケットに入れたのにその数分後にスマホを探したり、明らかに前の彼とは違った。そんなうっかりを繰り返すような人ではなかったのだ。そうしておかしいな、なんて思っていたら、数日後から彼は学校に来なくなった。
心配で何度連絡しても返事はない。別れてから季節も変わって、私の心境もだいぶ落ち着いた。彼のことを考える時間は相変わらずなのだが。家で連絡のこないスマホを見つめていたらふと彼に借りていた本を思い出した。学校を休んでいる彼にこれを返すのは家に行くしかない、と彼に会ういいきっかけが出来たと思った。
学校帰りに彼の家に行く。付き合っていた時、数回来た程度だが今は付き合っていないからか少し緊張していた。インターホンを押して数秒待つ。けれど誰も出てこなかった。何度か会ったことのある彼の母は専業主婦のはずだからいるはずだけれど、でかけているのだろうか。
「……紫苑ちゃん?」
彼の家の前でそんなことを考えていたら後ろから声をかけられた。大荷物を持っている彼の母がいた。なんだか疲れている様子だ。
「あ、桔梗のお母さん。こんにちは、桔梗いますか? 借りていたものを返したくて……」
「紫苑ちゃん、あの子から何も聞いていないの?」
「え? 何もって……どういう事ですか?」
「……ちょうどいいから、一緒にあの子のところに行こうか。準備するから、少し待ってて」
キョトンとしたまま私は玄関の前で彼の母が来るのを待った。そうしてまた大荷物を持っている彼の母と一緒にどこかへ向かう。移動中、彼の母は何も教えてくれなかった。見た方が早いから、と。バスに乗って、大きな病院の前で降りる。……なんとなく、察してしまった。
「……桔梗は大きな病気、なんですか?」
「……そうね、あの子、紫苑ちゃんには話してると思ったけれど、あえて話さなかったのかもしれないね」
個室のドアの前に付けば、彼の母は、私だけで会ってきて、とそれだけ言った。疲れた笑みでそう言うから、私は頷くことしか出来なかった。重いドアを開けて、病室に入ると、そこには学校で見ていた時よりも元気のない桔梗が居た。
「……桔梗……?」
「紫苑……なんでここに」
彼はすごく驚いた表情をして私を見つめた。私は何故かそんな彼を見て、喉が詰まるような感覚がして、泣きそうだった。病気のことなんて分からない。でも、彼はずっとこれを私に隠して、笑顔も見せなくなって、一人で抱え込んでいたんだと思うと、辛くて仕方がなかったから。
「本、返しに桔梗の家に行ったの。……そうしたら桔梗のお母さんと会って、一緒にここまで」
「……そっか。紫苑には、バレたくなかったな」
久しぶりに彼が私に見せてくれた笑顔は、辛そうな苦笑だった。そんな笑顔を見て、私は耐えきれずに泣いてしまった。ゆっくり彼に近づいて、ベッドで上半身だけ起き上がっている彼の身体を抱きしめる。やっぱり細い。それが久しぶりに触れたことで実感してしまって、私の涙は止まらなかった。
「ごめん、気付けなくて……、知っちゃって、ごめん」
「泣かないでよ、紫苑。……もう、ちゃんと話すから」
しばらく彼を抱きしめたまま泣いていたら、彼が私の背中を優しく撫でた。まるで、恋人だった時みたいに。数分そうして、やっと落ち着いたら彼から離れる。彼はどこか穏やかに見えた。私にバレないよう、ずっと隠していたから、どこか態度が冷たかったんだろう。今はもう、隠すことも無くなったからかそんな様子はない。
「……病気の進行が、早くて。難しいことは俺にはよく分からないんだけどさ、物忘れが酷くなったり、身体の筋肉が動かなくなってったり、どんどんそうなっちゃうみたいで」
「……治るの……?」
静かにそう問いかけると、彼は首を横に振った。
「余命宣告されてる。……紫苑と別れる少し前から」
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