燃える関係

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燃える関係

「な、なんだって!?」  テレビの芸能ニュースを見て、俺はその場から動けなくなってしまった。  何故なら……。 「ゆ、ユカちゃん……! 熱愛だなんてそんなの嘘だろ……!?」  俺の愛するアイドル、ユカちゃんに熱愛報道が出た。その相手は、今、売れに売れている若手の俳優。名前はミヤビ。男の俺から見ても、憎たらしいくらいにイケメンだ。このミヤビとか言う男は、あろうことかユカちゃんと手を繋いでオシャレな店でデートをしていたらしい。くそっ……なんでだユカちゃん! こんな若造のどこが良いんだ……! 「……許さない」  俺は立ち上がり、キッチンに向かった。  こんなことは、あってはならないんだ。だから……。 「待っててね、ユカちゃん……」  今、そっちの世界に行くよ。  俺は、包丁を握りしめてそう呟いた。 *** 「皆! 今日はありがとう! また会おうね!」  歓声が俺の耳に響く。  大きなホールはすべてファンで埋まり、アンコールもかなり盛り上がった。  シャワーを浴びたい。そう思いながら俺はステージを後にして、汗で張り付いた衣装のジャケットを脱いでスタッフに渡した。 「ヒカルさん! お疲れ様です!」 「お疲れ様……です」  廊下を進んでいると、とある人物に声をかけられた。俺は軽く頭を下げて、さっさとそいつから逃げようとする。だが。 「いやー、今日のコンサートも最高でしたね! 僕、感動しちゃったな」 「……それは、どうも」 「僕も歌が上手だったら、アイドルになれたのにな」 「……」  俺の後ろをついて来るのは……あの憎きミヤビだ。いつもいつも俺のコンサートにやって来る。どうやってチケットをゲットしているのかは謎だ。きっと関係者にねだっているんだろう。知らんけど。 「ヒカルさんって、まだデビューして日が浅いのにこんなに人気で凄いなぁ」 「……周りの助けがあってですよ」 「そんなに謙遜しなくても良いのに」 「……」  ユカちゃんの熱愛報道で燃えた俺は、まず初めにダイエットをすることにした。食べ物は野菜中心! 肉類が食べたくなった時はサラダチキンを包丁で滅茶苦茶に切り刻んで、量を増やした気分にして乗り切った。  それから見た目も変えた。髪を切って、男性用の化粧品を買って、服のコーディネートをちゃんとして……とにかく、ミヤビに負けないようにと努力した。  それから、ネットでオーディションを探して片っ端から受けまくった。ユカちゃんと同じアイドルになって、同じ舞台に立つために! そして、いつか告白するために……!  運良くオーディションに受かった俺は、三年勤めていた会社を辞めて、アイドルの世界に足を踏み入れたというわけだ。人気が出たのはネットのおかげ。人気曲を歌いながら撮影した動画が拡散されたのを、所属事務所の社長は見逃さなかった。今では遅咲きのアイドル、というちょっと恥ずかしいコンセプトで売り出されている。 「ねぇ、ヒカルさん。打ち上げ、僕も行って良いですか?」  あれから、ユカちゃんはミヤビじゃない他の男と結婚してアイドルを辞めてしまったので、彼女に告白するという俺の夢は無くなってしまった。けど、今は自分が輝ける場所で仕事が出来てとても嬉しい。ただ、ミヤビがべたべた引っ付いてくるのが面倒だけど……。  ミヤビが主演のドラマの主題歌を俺が歌うことになった。それがきっかけで、奴は俺になにかとちょっかいを出してくるようになった。スタッフからは「仲良しですね」なんて言われるが、別にそんなに仲良しじゃない。 「俺、シャワー行くんで」 「僕も浴びようかな」  馬鹿か、こいつ。  そんなことは口に出せないので、俺は黙ってシャワー室の方に向かう。まだミヤビはついて来ている。うざい。本当にいい加減にして欲しかったので、俺は振り向く。中まではついて来ないで下さい、そう言おうとしたが、俺は、ぐっと手を取られて、壁に縫い付けられてしまった。 「は、え……?」 「ふふっ。ヒカルさん」  爽やか系人気俳優の顔が、ぐっと近づく。その表情は爽やかと言うよりも、どこか意地の悪さが含まれていた。 「ヒカルさん。ずっと訊きたかったんだけど……」  整ったくちびるが、ゆっくりと動く。 「オーディションで、ライバルにするならどんな人間か、って質問に、僕の名前を出してくれたって本当?」 「……っ!?」  言った。  あの頃の俺は、ミヤビに敵意むき出しだったから、どのオーディションでもこいつの名前を口にしていた。  そのことを、恨んでいるのか……? 「……言いました。そのことで不快に思わせていたのなら謝罪します。すみませんでした」 「いや、不快になんて思わないよ。むしろ逆。嬉しいなぁ、って」  いつもと口調が違うミヤビに俺は困惑した。  口調だけじゃない。雰囲気もどこか違う。こいつは本当に、あのミヤビなのか……? 「ねぇ、ヒカルさん。今でも僕のことライバル視している?」 「い、いえ。そんなことは無いです」 「じゃぁ、ヒカルさんにとって僕はどんな存在? 友達?」 「と、友達だなんて……芸能の方面で活躍されている先輩だと思っています」 「うーん。面白く無いなぁ」  ミヤビはすっと長い指で俺の前髪に触れた。 「そういうのじゃなくってさ、もっと違う関係になりたいなぁ」 「違う、関係?」 「ライバルとかって燃えるじゃん? なんかさ……特別感があって」 「特別……」 「初めてヒカルさんに会った時、ちょっと瞳が燃えていたんだ。敵意みたいなやつが溢れ出てた。そういうの、好きなんだよね。僕のことを敵視していた人が、ゆっくり、ゆっくり、僕に落ちていくのを感じるのが……」  ミヤビが俺の耳元で囁く。 「ねぇ、もっと僕のことを嫌いになって。それから、その倍好きになってよ。もっと僕のことを燃えさせて?」 「ばっ、馬鹿じゃねぇの!?」  思わず素で叫んだ俺を見て、ミヤビはくすくすと笑う。 「それがいつものヒカルさん? 猫被っちゃって可愛いね」 「お、お前だって被ってんじゃん! 本当は爽やかでも何でも無い腹黒じゃん!」 「腹黒だなんて心外だなぁ。僕は自分の顔に合った性格を演じているだけだよ。役者だからね」  ふふっ、と笑いながらミヤビは俺から離れた。 「ま、ヒカルさんは僕に落ちるよ。いや、落としてみせる」 「だ、誰がお前なんかに……そもそもお前、ユカちゃんと付き合ってたじゃん! 彼女のことは捨てたのかよ!? 自分に落ちたらそれで満足しちゃってポイしちゃうんですか!?」 「ユカって……あれは僕の妹だよ。僕、メディアでそう言ってたの知らなかった? 休みの日に一緒に買い物してただけ。手なんか繋いでないよ。角度でそう見えたんじゃない?」 「え……」  知らなかった……。  あの頃の俺は、とにかく自分磨きに夢中でテレビなんか観て無かったし……。 「ま、そんなことはどうでも良いよね? ね、早くシャワー浴びておいでよ。髪の毛、汗で湿ってるよ?」 「う、うるさいな! 言われなくても綺麗にしてくるわ!」  俺はシャワー室に飛び込んで、頭から熱い湯をかぶった。 「なにが、僕に落ちろだよ……」  変な奴だとは思っていたけど、俺にそんなことを言うなんてやっぱり奴は変だ。 「……っ」  そして、ばくばくと心臓を鳴らしている俺も、変だ。 「顔だけは、良いもんな。あいつ……」  イケメン恐るべし。  俺も今じゃちょっとは自信がある方だけどな! 「……打ち上げ、あいつも来るんだよな」  奴が居なければ、俺はこの世界に入るきっかけを掴めなかっただろう。だから、ほんの少しは感謝している。けど、本性を見てしまった今、なんだか複雑だ。   「俺だけが知っている、あいつ……」  なんだかそれって、特別な感じだ。  そう思ってしまう俺は、すでにあいつの手のひらの上なのかもしれない。 「……俺が落ちるんじゃなくって、あいつが俺に落ちれば良いんだよ!」  そう思えば、なんだか燃えてきた……!  次の仕事も頑張って、もっともっと輝いてやる!  待ってろよ、ミヤビ! 落ちるのはお前の方だ!  俺は頬を叩いて気合を入れる。  どちらが先に落ちるのか、勝負はまだ始まったばかりだ。
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