38歳  《四月》

2/2
20人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
 窓を開けると、首元に朝の冷たい空気が流れ込んできた。 「朝は窓を開けなさい」は、妻の口癖だ。    この家を建てて十年、リビングの大きな窓を朝に開け放つのは僕の担当だ。  けれど、勇んで全開にしてから、今朝は少し後悔する。  北の四月は、まだまだ寒かった。    生活とは、想い出を積み重ねるゲームのようで、期待とともに毎朝起きるのが早くなってゆく。  許された、とは思っていない。  厚みを増した僕らの人生が折り重なり二人になれたのだと、僕らは信じている。  そして今日も、愛する妻との一日はやってきた。    東京の実家で独りで暮らしていた母親を説得して、今月この北の街に呼び寄せた。  迷うな。貫け。  決心してから自分に言い聞かせ、妻と協力して母を見ていくことにした。  簡単なことではない。  僕らはこの四月、新たな始まりに立っていた。    今日も慌ただしい朝だ。身支度をして母を車椅子にのせる。  窓を出て僕が押して庭を歩き始めてすぐ、家の入り口に一昨年植えた長男の誕生桜が、初めて桜色に色づいていたことに気付いた。   「あ、桜……」    後ろから長男と手をつないで歩いてきた妻と、目があった。  下ばかり向いていては、気付かない。  僕らには、これから桜の季節がやってくる。 《end》
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!