24歳  《九月》

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 段ボールや衣装ケースに入れられた彼女の荷物は、思いのほか少なかった。  就職した春から1年半も一緒にいたのに。  彼女をすり減らした二人の生活がどのようなものだったか、その荷物の量からも推し量れた。    最後の朝は、僕が目玉焼きとトーストと作り、二人分をダイニングテーブルに並べた。先に座っていた彼女の向かいの椅子に手を掛けた時、「窓、開けてくれるかな?」と頼まれた。    レースのカーテンを開けると、強い朝日が斜めに射し込む。顔をしかめ、僕は思わずのけぞるように上を向いた。   「大丈夫?」    小さく悲鳴をあげた僕を気遣って、彼女がそう呟いた。   「眩しくて」    明確な返事にならず端的に答えながら、窓を開けた。  秋の匂いだ。銀杏の木は独特の存在感で秋には刺激的すぎる。   「そうでしょ。眩しいとね、見てられないんだよ」    涙に腫れた視線は、僕のこめかみのあたりを貫いている。   「ごめん」    反射的に、何百回も口を突いたその枯れた三文字を放っていた。  簡単な食事を終え、食後に淹れたコーヒーを最後に二人で飲んだ。二言三言言葉を交わす。穏やかな朝食は昨日と変わらず退屈で、コーヒーに甘みを入れるのを忘れていたことにも気付けなかった。    開けたままの窓から、少しだけ角度が緩くなった朝日に沿うように、銀杏の葉が部屋に入り込んできた。道路に面しているから、という理由で窓を開けなかったこの部屋に、僕らのもの以外の枯れたものが潜り込んでくる。二人の最後の朝に。   「たまに、窓を開ければよかった」 「そうだね」 「ごめん」 「許さない」    木枯らしのように意味を孕んでいた。  コーヒーカップを空にして立ち上がった彼女を見上げた。  そう。僕はその時、彼女を見上げてたんだ。    彼女は、こんな顔で笑う人だっただろうか。  とっても穏やかで、僕を包み込むような笑顔ではなかったか。  愛があった。僕を慈しむような。    玄関の方に静かに進む彼女を追って席を立つが、後悔に足がもつれた。  靴を履いた彼女の背中に、僕はいつものように声を掛けてしまう。   「忘れ物、ない?」    彼女は半分だけ振り返り、上を向いて湧き出そうな全てを抑えて僕に呟いた。   「鍵、忘れていく」  
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