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1章 2.48人いる!
数字が苦手なカナエは、移動の都合や緊張で、途中で分からなくなってしまったのだけれど、タイスケは、ちゃんと数えてくれたらしく、仲間の数が、46人、カナエとタイスケを入れて48人居ると教えてくれた。
「あー、1クラス召喚的な…」
「だね。職業とかスキルとか見た?」
「ああ…なんか、こっぱずかしい職業だった…私、転職する」
「え、何!?恥ずかしいって…え、と、その、娼婦とか?」
「いや、それも恥ずかしいっちゃ恥ずいけど。色気問題で。そっちはなに、勇者系?魔術師、賢者は職業?て、勇者も職業ではないか?」
「え、あ、そういうこと!?うわ、そうじゃん!勇気ある人は職業じゃないね!?」
「いや、冒険する人、ああ、それは、職業か。いや、いいや。で、なに?」
「ええ、そっち言わないのにこっち聞くとか!まー、自由人だったよ?要するにフリーター?」
「え、自由人て書いてあったの?それ、日本語だと、職業選択自由にできる人とか思っちゃうけど…私は」
「え!?それ、あり!?」
「いや、この世界のルールは判んないけどね。言葉の意味ってさ、物語ごとに切り取り方が違うからさ。限定してるようで、拡大しようと思えば、解釈は結構、多いって言うか…」
「あ、あー…、それは、あるかも…さっきのシールドとかは、ちょっと違うけど、でも、似てる?」
「うーん…。まあ、違うけど、似た形とは言えるのかな。意味が複数あるっていうのと、受け取り方が複数ある?って言ったら、近いかな…」
「なるほど!カナエちゃん、賢いね!」
「いや、その判断はどこから…それはそうと、やっぱり、年齢、上の子ばっかみたいだね…前の方は、ちょっと低そうな気がするけど」
「ん!?ああ…ごめん、そっち注意してなかった」
「いや、いいよ、私、既に道、判ってないし、続けて」
「ま、丸投げ…」
「はは。………」
軽い笑いを残して、カナエは口を閉じた。
タイスケは、意図を察して、言葉通り、この城の造りを理解することに注意を向けた。
2人は、46人の仲間の最後尾に付いて、後方に居る者たちには、自分たちが最後尾であるように見せているが、交わす言葉や、存在の認識については、阻害するよう、シールドの仕様を弄ることにした。
今は、列を乱さず、2列で歩いているが、今から服を着替えて、国王に謁見することになっている。
自分たちの服があるか、少し不安だったが、早いうちに、目立たないものに換えたい。
既に、呼び出した者たちは、こちらの人数を、46人で把握しているはずだが、呼び出す人数は決まっておらず、同じ世界、同じ種族で、この世界との親和性が高い者、という指定のようだったので、同じ種族…日本人の割合が高い、日本という国が、呼び出しで求める条件に嵌まりやすかったのだろう。
転換された姿が、見る限り、黒髪黒目ということもあるけれど、聞こえてくる言葉は、日本語ばかりで、ほかの言葉しか話せない人の声は、今のところ、聞こえない。
声の自動翻訳は、先ほどの円形の文字の翻訳より早いが、それでも、最初の1音、2音程度は、別の言語らしき音がした後、日本語転換の声が聞こえる、といった具合だ。
なので、例えば短い声、上の者に対して、下の者が承知を示す、はっ、という返答などは、最初に、シッ!というような声がした直後に間を置かず、同じ声で、はっ!と聞こえる、という具合。
48人の仲間たちの顔立ちは個々に違うが、髪の長さは、男女とも、短めな者が首の半ば前後、その次が、背中の中央前後、一番長い者が、床に届くほどになっていて、カナエは、腰の辺り、タイスケは、首の半ばより短いぐらいだ。
皆、頭皮から、同じ長さだけ伸びているらしく、頭皮の位置からの長短はあっても、一部だけ長い、短いという者は、いない。
肉体の改変を含む、強制転移をさせられた一行は、かなり城の奥まったところまで来たと思うと、石畳の上に敷かれた敷物の上を裸足で歩いて、庭を横切り、離れらしき邸に到着した。
話では、これから、この邸で生活させられるらしい。
2階の隣り合う部屋で男女に分けられ、カナエは、きらびやかな服が並ぶ部屋で、地味な色合いから選び、人目を避けて自分の姿を消し、着替え終えると、着ていた服を異空間部屋に突っ込んで、扉近くで部屋を出る機会を窺った。
今回は、服選びで、多少、打ち解けたらしい固まりができていて、その人数ごとに部屋を出たので、前後の間隔が大きく、入り込む隙間を探しやすかった。
カナエは、お喋りが増えた女子たちの会話を聞きながら、慎重な判断をしてくれそうな人物の目星を付けようと試みた。
うまくできた実感はなかったけれど、それでも、ミツコと言う子と、ランと言う子、ニジカと言う子に注目して、よく会話を聞き、顔を覚えることができたと思った。
要注意なのが、興奮状態の子たちで、会話から、元は20歳以上、23歳以下と思われ、今の状況を楽しみつつあるようだ。
どんな状況でも楽しめる、ということは、長所でもあるけれど、彼女たちの、はしゃぎ様を見れば、協力の申し出は躊躇してしまう。
そんな彼女たちを先頭に、ゆっくりめに進む女子の一団が玄関広間に戻ると、男子たちは着替え終えて待っており、ここから、3列で進むように求められ、カナエは、タイスケと合流して、仲間の並びから離れ、集団の少し後ろを追った。
「お疲れ、何か収穫あった?」
「そこまでは無いかな。ただ、声を掛ける相手としては、ミツコ、ラン、ニジカに当たりを付けてるとこ」
「そっか。僕は、キョウスケって子に声を掛けて、取り敢えず、奴隷系の罠に気を付けるように言ってある。あと、話を聞き出すのが巧かったんで、できる範囲で情報収集を頼んだよ。まあ、これは状況とか、相手によるから、無理をして目を付けられる方が怖いって、話しておいた」
「すごい!私、人と話すの苦手なのもあるけど、うまく話し掛けられなかったよ…」
「気にしない!それこそ、相手によることだからさ!ポーカーフェイス苦手な子に話し掛けて、その子を困らせるんじゃ、気の毒でしょ」
「あっ!そんなこと、考えもしなかった…」
「平気、平気!それならそれで、話し掛ける前に気付けて、よかったよ」
カナエは、情けないように顔を歪めて、笑った。
「……ありがとね」
「うん?どういたしまして!」
なるべく、楽観視するような言葉選びは、最初に、カナエが泣くほど取り乱したからだろう。
年齢に見合わない幼い心の自覚はあるので、それが情けない。
けれども、こんな年齢まで生きても、どうしようもできていない、その事実が、またカナエを追い詰めていた。
意識して、思考を切り離し、カナエは、目の前の状況に立ち戻った。
そろそろ謁見の間に到着したらしく、一行の進みが順に止まっていき、全員…転移者46人の数を確かめたらしい者が、扉番に合図して、赤い布を挟んで、表面に施した金の装飾と、下地の濃い茶色の木の色との組み合わせが、重々しさを演出する、人の背丈の3倍もありそうな天井まで届く大きな両扉を開かせた。
片側を1人で開けるにしては、軽く扱うなと思って、カナエが確かめると、扉番の衛士は、全身に強化系の魔法…か何か、とにかく霊力を展開中のようで、また、扉を取り付けてある、多分蝶番の部分には、軽量化系の霊力が稼働中のようだった。
カナエとタイスケは、シールド展開状態のまま、付き添いの者たちの間に交ざって入室し、話し合って、付き添いの中でも、国王の座る壇に近付けそうな者のあとに付いていった。
カナエは、周囲の人々の身なりを確かめ、霊力関係を心得ていそうな人物を、要注意として、近付き過ぎず、彼らを視界に入れつつ、国王たちの会話が聞けそうな位置を、全体の状況把握をしていたタイスケと確認して決めた。
選んだのは、いくらか、大胆な気もしたけれど、国王の椅子がある壇の下に控える、侍従たちの後ろの、背後に誰もいない場所だ。
転移者たちが正面に並ぶと、国王は、口を開いた。
「喜ばしい今日この日を、共に祝おう!これなる者たちは、我らのために、女神アスタプレイアが遣わした使徒たちである!使徒たちよ、どうか、我らのささやかな贈り物を、受け取って欲しい」
カナエは、タイスケが、こちらを見たのに気付いて、目を合わせ、頷いた。
信用できない相手からの贈り物は、要注意だ。
カナエは、これから、仲間たちに渡されようとしている品を確認して、隷属系の仕掛けを確かめると、役目の者たちが、それぞれ、用意した小机に、品物の入った箱を置くと同時に、触れないように、円蓋のような結界を作った。
間を置かず、円柱形の結界へと切り換えると、46人の仲間たちと、自分とタイスケの周囲に遮音と、向こう側を視認できる程度の遮光を施して、次の瞬間、円柱の、遮音しない結界の中で、光と音を爆発させながら、隷属魔法の解除を行い、ついでに熱を加えて、品物が溶けたことまでを確認した。
この世界の者たちの恐慌の中、仲間たちを守る結界の遮音と遮光を外して、46人の前方、少し見上げるところに、女の姿に見えるよう、可視状態のシールドを揺らめかせた。
「この恥知らずの人どもめ!我の使徒をなんと心得るか…!」
音声は、元は、カナエのものだけれど、大音量で放ったので、ちゃんと効果はあったようだ。
隣で、タイスケが驚いているけれど、仲間たちには、ちゃんと警告が必要だし、隷従させられた後では、取り返しのつかないこともある。
そして、隷属などを仕込まれた品は、残しておけない。
「おのれらの都合で異なる世界に招かれた代償を支払ったのは、我の使徒たちぞ!おのれらの身勝手な術のせいで、この者たちは二度と元の世界に戻ること能わぬ!この上、隷従させようとは、なんたる傲慢!穢れた王よ!穢れた臣下どもよ!穢れた城よ!」
カナエは、荒れた息を伝えないように、静かに息を吐きながら、整えて、続けた。
「我が使徒は、これより、ただ与える者ではなく、見極める者となる。この穢れた王を戴く民たちが、与えるに足る者か、それとも……」
息を整え、カナエは、言った。
「与えるに値しない、罪を持つ者どもかどうかを…な」
そこまでを終えると、先ほどに見た、離れの玄関広間を思い起こし、そこに、障害物がないことを確認して、自分と、タイスケと、46人の仲間を、一瞬で移動させた。
霊力が激減した気はしないが、どっと疲れて、尻を落とし、座り込んだ。
「カっ!カナエちゃんっ!?大丈夫!?」
「あ、悪いけど、さっきの場所、盗聴してくれない?動きがあるだろうから、知っとかないと」
「しっ、ちっ、ちょっと待って!ええと、盗聴…」
説明したいけど、息が荒れて、話せない。
カナエは、床の上に黒い板を出し、考え直して、白い色に変え、黒い筆記具で、伝えたいことを伝えた。
タイスケは、承知して、この場から、先ほどの場所の様子を探り、音を拾うための栗鼠を置いて、姿を隠させ、国王のあとを追うようにした。
こちら側では、別の栗鼠から、そちら側の音を聞くのだ。
それによれば、国王は、臣下たちから責め立てられている真っ最中で、また別の大声が、使徒様方を、お探しして、陳謝せねばと叫んでいた。
カナエは、少し話せるようになったので、顔を上げた。
「たぶんこの邸に、使用人が居ると思う。探して、できるだけ責任能力の高い、信用できる人に使いを任せて、この離れを使うって、国王は失脚するかもしれないし、誰か、使える人に伝言を頼んで。しばらく居座っても当然の権利だ」
「ちっ、ちょっと待て!どうなって…何がどうなって…」
男子の1人が叫び、タイスケが話してくれた。
「つまり、この国の王は、まあ、臣下もかなり、僕たちを奴隷扱いで働かせようとしてて、それをこの子、カナエちゃんて言うんだけど、止めてくれたんだ。ここからは、今だけでもいいから、協力してもらえないか?異世界人が異世界で住むのは大変だと思うし、この際、この国を相手に、交渉しよう。僕たちの生活を保証してくれるように」
カナエは、なんとか息を整えて、付け加えた。
「なんだったら、もし別の国があるんなら、そっちに行ってもいいし、とにかく今は、情報を整理して、自分たちの身の振り方を決めないといけない」
タイスケは、分かっているとでも言うように、カナエに頷いて見せて、語尾に重ねるように発言を続けた。
「そのためには、時間を稼ぐ必要がある。協力してくれるんなら、手分けして、できることをしてくれないか?それか、今すぐ別れるって言うなら、それでもいい。残る人と、出て行く人に分かれよう」
ふたつの選択を明確に突き付けられ、一同は考え込んだ。
「おっ、俺は…取り敢えず残る」
1人が言い出すと、同調する者が続いた。
明確な意思を表さない者も居たが、出て行く者はいなかった。
ようやく落ち着いたカナエは、顔を上げ、同時に、誰かに呼ばれて来たのだろう、日本では、執事の呼称で広く知られるような職業らしき男が、声を掛けてきた。
「使徒様方、何かしら、御用がありましたら、承ります。そちらの使徒様は、お加減が優れないのでは。すぐに、お部屋に案内します」
言いながら、自分を示す彼に、カナエは答えた。
「ありがとう。それも助かるけど、今すぐ使いを遣って、無償でここを借り受けると伝えてきて。あなたたちには、食事の支度や生活の世話をお願い。それと、今すぐ活動できる服や装備や支度金を用意すること。取り敢えず、10人分を見繕って、運んでくること。これ以上、私たちに危害を加えたり、損害を与えるつもりなら、女神様に定められた権限を行使することを厭わない」
執事…と言うのか、家令と言うのか、とにかく男は、驚きは隠せなかったが、すぐに抑え込んだ。
「承知いたしました、そのように。それでは、部屋にご案内します」
侍女ではないように思える、多分、小間使いの若い女が、立てますかとカナエに寄り添い、46人の男女の中から、ニジカと、そして、もう1人、女子が進み出てきて、付き添ってくれるらしく、大丈夫と声を掛けながら、カナエと邸の2階に上がった。
その間に、男は、城の本館へと使いを差し向け、一同に向き直った。
「申し遅れました、私は、執事のエルガーと申します。ほかに、ご用があるでしょうか?よろしければ、こちらの邸を案内させていただきます」
タイスケがすぐに答えた。
「ありがとう、助かります。みんな、この中を見たい人は、案内してもらうといいよ。あと、エルガーさん、どこか、みんなが集まれるとこ、ないですか?ちょっと、話したいこととかあって」
「承知いたしました。それでは、居間に、ご案内します。お飲み物は、必要でしょうか?」
「うん、頼めるかな」
「かしこまりました。それでは、ご案内します。こちらの者が、居間まで、ご案内します。邸内を、ご覧になります方は、私が、ご案内します、どうぞ、こちらに」
「この中を知ってる人もいた方がいいから、何人かずつ分かれよう。僕は居間に行く」
皆、顔を見合わせて、邸内の案内を頼む者が、男子の中から抜けて、ざっとでいいからと言いながら、エルガーと歩き出す。
「できれば、男女は混合で行動しよう。考え方とか、不都合とか、気付くことも違うから、最低でも、男2人、女2人って感じで、あとは適当に2人組とかで増やしてこう。悪いけど、誰か、彼と一緒に行ってやって?」
それを聞いて、取り敢えず、やることができたと、考えた者たちが、邸内の確認へと向かった。
「それじゃ、居間に案内、お願いします」
「かしこまりました」
残った者たちは、小間使いに案内されて、互いに近く配置された椅子に座って向かい合い、一先ず、用意された茶で、喉を潤したのだった。
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