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1章 3.臨戦態勢!
―1.準備って、何から?―
「あっ!まずっ!」
思わず声を上げたタイスケに、驚いたのは、茶を用意した小間使いだ。
「えっ?おっ、お許しください、すぐに、いれ直します!」
「あっ、いや、違う、全然別の話、思い出しちゃって、おいしいよ、うん。ちょうどいい感じ」
へらりと笑って、そう言うと、落ち着きを取り戻した小間使いが部屋を出たのを確認して、ほっと息をついた。
「うっ、わー…。今度から、気を付けないと。何か入ってないか、確認しないと」
聞かせるための一人言を発すると、周りの皆が、息を呑んだ。
「今更だけど、自分で自分の身は守らないといけないと思う。みんな同じだからって、例えば毒の効果が、全員に同じように現れるとは限らないと思う。みんな、自分のステータス、見ただろ。持ってる人が居るか知らないけど、毒耐性とか、無効化技能とか、この世界なら、あると思うから」
「な、なんでお前、そんな、知ったようなこと…」
「苦手な人も居るかもしれないけど、今じゃ、情報に溢れてて、ゲームしてなくても、ゲーム知識ある人は、居ると思う。ここはゲームじゃなさそうだけど、似た知識があれば、ある程度の推測とか、予測はできる。さっきの、国王なんかも、同じことだ。汚いこと考える奴は、どこにでも居る」
「…………」
少し、沈黙が降りて、男子の1人が声を上げた。
「これからどうすればいいか、当てはあるか?」
タイスケは、正直に言った。
「全く無いよ。けど、さっき、カナエちゃんが、この、お屋敷を当面の拠点として言ってくれただろ。僕は、それに乗っかってもいいと、思ってる。もともと、僕たちのために用意した屋敷だろうから、それほど無理があるはずがない。見た感じ、僕たちの受け入れ場所が、ここなのは間違いないと思う。さっきの隷属アイテムが、どの程度の拘束力か知らないけど、あんまり、ひどい扱いじゃ、僕たちが使えるようにならないし、ある程度の体面だって、繕わないといけない。たぶんあれは、いざというときに逃がさないためのもので、始めのうちは、それなりの待遇をするつもりだったんじゃないかな。それとか、しばらくして、能力値が育たない人とかは、差別されていくとか」
もう一度、沈黙が広がって、先ほどの男子が口を開いた。
「自分の身は自分で守るってのは、納得。面倒は困るけど、同じ状況なら、ある程度の協力は、納得できる」
「うん。それでいいと思う。どうしても1人でなきゃだめとか、信用できる人は限られるとか、出てくると思うし、それは、その時、どうするか考えよう。今は、伝言を頼んだから、すぐに誰かがここに来る。それで、なんだけど、誰が対応する?一応、僕が出ようと思うけど、全員でもいいかもしれないし、得意だって人が居るなら、任せる。1人でする必要もない」
「俺は、そういうのは苦手だ。けど、状況は把握したい。後ろで見てていいか」
「もちろん。気付いたことがあれば、指摘して欲しい。屋敷の確認は、もう行ったし、あとは、交渉と、これからのために、情報収集だな。地図とか、この屋敷に図書室があれば、探す人が必要だ。あと、この国のことや、これから、どうやって生きて行くか、手段を調べないと。それと、僕たちが呼び出された理由を聞いてないから、ああ、それは、交渉の時に聞くしかないかな。あとは、各自で、自分のステータス確認と、今、何ができるか、確認すること。それと、外に情報収集に行くメンバーとか、決めないと。それは、ある程度、自衛ができる人になるけどね。僕が思うのは、こんなとこ」
別の男子が言った。
「それなりに、固まってるじゃん。俺も、交渉の時、行こうかな。あんま、喋れる気、しないけど、呼び出された理由とか、知りたい」
「分かった。悪いけど、誰か、地図探しに行ってくれない?いつ、本館から人が来るか、分かんないから」
「あ、私が行こうか?文字が読めるか、確かめたいし」
女子の1人が、片手を挙げて応じ、タイスケは、即座に応じた。
「ああ、それ、大事だね。何人かで行くといいよ。俺たちは、交渉の時に確認すること…要求とか、まとめておく」
「分かった。ええと、誰か、一緒に行く人?」
尋ねる彼女に、数人が応じ、部屋を出て行った。
「それじゃ、まとめよう。その前に、と…」
タイスケは、先ほど、カナエが見せてくれた、筆記用具が作れないかと、試してみた。
カナエは、土の力で作ったようだったけれど、ステータス画面のように、他者から見られない物の方がいい。
タイスケは、カナエが、女神像を出現させた時のことを思い出し、シールドを作る要領で、ステータス画面に似た板を作り出した。
「おお、成功」
「それ、どうやって作ったんだ?」
見ていた男子の1人が聞き、タイスケは、彼に向けて顔を上げた。
「シールド…あ、遮蔽て意味の、シールドね。それと似た感じ。みんなができるかは判らないけど、僕とカナエちゃんは、ちょっと強くイメージを作ることで、霊力って、ステータス画面に載ってるだろ。それを使えてるっぽい。別のことしながらでいいから、色々試してみるといいよ」
「え、ステータス画面?」
タイスケは、ただ口にしただけでは、発現しないようだと、認めた。
「うん。ちょっと意識して、えっとね…ああ、やっぱり。意識して、強く思うだけで、出てくるよ。難しければ、声に出してみるといい。カナエちゃんは、能力値確認、ていう言葉でも、確認できてたみたいだから、ステータスっていう言葉に馴染みがないなら、能力値確認、って思う方が、実現しやすいと思う」
そう言うと、この場に残っていた者たちが、それぞれ試してみて、実行できた者から、おお!とか、やった、できた!とかいう声が上がり始めた。
男子の1人が言った。
「でっ、でもさ、こんなことできるんなら、なんで、あの人たち、教えてくれなかったんだ?」
「自分たちで確認するためじゃないかな。実際、君らが見てるものは、僕には見えてないし」
タイスケが、そう返すと、相手は、慌てたように皆を見回して、事実を確かめられたようだった。
「な、なるほど…!」
「でも、多分、それも、強く思えば、任意の人には、見せられるんじゃないかな。ただそれは、自分たちでやることだから、自由に隠したり、書き換えたりできると思う。そんなことされたら、向こうは困るから、本当のことが判る道具を使ったんじゃないかな」
「あ!そ、そうか…」
「あとは、自分たちで勝手に見られないって、思わせようとしたとかね。ま、それは、可能性低いかな。とにかく、こうして確認できるんなら、問題ないよ。ほかの人たちにも、気付いたら教えてあげてね。なるべく、僕も…いや、情報共有の時間を作ろう。それは、あとでね」
そこまで話すと、タイスケは、確認すべきことを書き出していった。
まず、知らなければならないことは、各名称だろう。
これは、なるべくなら、自分たちで確認したい。
タイスケは、書き込み用の板を、もう1枚用意して、置いておいた。
それから、手元にある方に、列挙していく。
指で書くのは、字が太くなってしまうので、鉛筆をイメージした筆記具を作り出す。
これも、慣れれば、指先から細い線を直接描けるようになるのだろうが、今は、やり易い方がいい。
それはそうと、まず、名称を知りたいのは、この国や、この町だろう。
大陸の名があれば、それも必要だ。
あとは、ちょっと思い付かないので、保留。
それは、横に置いて、もう1枚、交渉用の板を手元に寄せた。
「まず必要なのは、この屋敷を使わせてもらうこと。期限は切らないで、この国に居る間は、全員の拠点として、確保しよう。霊力に余裕があれば、結界を張りたいとこだけど、1人に負担が掛かり過ぎるのもよくないし、当面は、シールドで、自分だけ守ろう。これは、遮断するって考えると、結構、簡単にできると思うよ。ただし、霊力差があると思うから、それは、自分に合わせて使うようにして。あと、装備とかだね。この世界の人たちが、どんな服装かとか、知らないといけないよね」
男子の1人、先ほどから、よく答えてくれる1人が言った。
「金の価値とか、知るべきじゃないか?さっき、支度金とか言ってたけど、それがどれほどの価値か、判らないと困る」
「そうだね。それは、自分たちで調べよう」
タイスケは、頷いて、そう答えると、先ほど横に置いた板を、手前の板の上に置いて、金の価値、金の種類、金の単位、物の価値、建物の値段、権利の獲得の仕方、と、連想したまま書いていった。
「自分たちで拠点を作れるようになったら、建物を用意しよう。ここは、言ってしまえば、敵陣だからね。隠し通路とか使われたら、堪んないよ」
そう言うと、多くの者が、周囲を不安そうに見回した。
タイスケは、落ち着いてと、一瞬、口を開き掛けたが、ある程度のことには、慣れていく心を作らなければいけない。
明確な意識ではなかったけれど、ほかに優先すべきことがあるので、そちらを考えた。
「衣、食、住。拠点はここ、服は、ある程度、用意してあるだろう。食事は、各自確認が必要だけど、用意してくれるものでいい。あとは、魔術書…霊術書?とにかく、そういったものがあれば、各自で身の守り方を考えられるね。それは、地図探しに行った人たちに、図書室があったか聞こう。あとは、装備。誰か、霊力より、身体能力が高くなってる人、居ない?それか、もともと、格闘技術がある人」
見回すと、ちらほら、手が挙がる。
「もし、街中に出る覚悟があれば、行って欲しい。色々調べないといけないし、町の様子だけでも、見て来られたら、助かるし。霊力が高い人は、ちょっと練習が必要だろうからね。身体能力の向上より、何が起こるか予測付けにくいから」
「分かった、それは、最初の交渉が終わってから、俺が行く。悪いけど、ほかの人のことは、守らないから」
「えっと君、名前…」
言い掛けて、はっと気付いた。
「待って待って!自分たちの名前は、苗字は伏せよう!もしかしたら、本名で何かされるかもしれない!さっきの確認で、王様サイドには知られたけど、少ない方がいいと思うから、個人名だけ…」
言い掛けて、これもまた、考え直す。
「日本人だと、難しいかもしれないけど、愛称とかあれば、そっち使ってこう。小さい頃に呼ばれたやつとか。例えば、僕は、泰君て呼ばれてた。ここでは、タイでもいいし、呼び難ければ、タイ君、あと、タイクンて、少しイントネーション変わっても、こっちの人には分かんないかもしれないし。完全な偽名だと、さっきも、本当のことが判るみたいな道具を使われてたし、あんまり掛け離れてると、困ることがあるかもしれない」
皆、なんとなく、互いの顔を見て、いくらか、この事柄について、考えてくれたような表情をした。
タイスケの願望かもしれないけれど。
「分かった。それだと、俺は、ちょっと難しいけど…」
「短すぎる名前なら、ちょっと付け足すとか。名前の下の方によく使われる音とか、男だったら、数字とか、助、とか?それはちょっと、古いけど、まあ、そんな感じでもいいし、ああ、最後を伸ばすとか、途中を伸ばすとかも、ありだよね」
「それでいくと……俺は、るー君、かな…昔、ちらっと呼ばれてた…の、今、思い出した。ルゥ、とか、短くていいのかも。あとは、ルゥクン、か、ルークン、とか、そんな」
「んじゃ、るー君。外に出る時だけど、いざというときは、ほかの人は置いといて、こっちに戻ってもいいし、そのまま、別行動でもいい。ただ、いつまでも、ただ戻らないのは、ちょっと困るから、戻らないときとか、一言、連絡が欲しい」
「了解。でも、どうやって連絡…」
「それも、ああ、それは、ちょっと難しいのかな。なんかさ、動物とか作って、自分の声を、離れたところで聞かせるのとか、便利だよ。動物は、ただの携帯端末と違って、動かせるから」
「なるほど。それでさっき、リスを作ってたのか」
「うん、そう。俺、リスとか、小動物好きだから。鳥なんかだと、飛ばしやすいイメージ固めやすいんじゃない?」
「分かった、やってみる」
「うん。みんなもね、連絡手段は、考えよう。それで、と…」
そのとき、扉を軽く叩く音と、すぐに、本館から使いの方がいらっしゃいました、の声。
「じゃあ、行こうか。霊力の使い方の練習とかも、必要だから、あと、そのほかに必要なこと、話し合うのも必要だから、そういうの、してていいよ」
タイスケは、立ち上がって、外に向かいながら言う。
「基本は、自分のことは自分で。助け合えることは、そうしよう。取り敢えず、僕たちは、1人じゃない」
その言葉は、今は、まだ、心許ないものではあったけれど、掴める1本の、支柱とは、なった。
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