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―3.交渉って、どうやるの?―
10人分の装備が届けられると同時に、いくらかの被服が届けられ、そして、交渉の席に座る顔触れが現れた。
主導するのは、第1王子で王太子のエドウァルド・セブンスティル。
第3王子も居たが、兄に会話の主導権を譲るつもりか、名乗ることもなく、ただ、頷いて見せるだけだ。
もう1人、第3王子の護衛騎士団団長と言う厳つい人物は、異世界人である、使徒たちに、武術指導を行うということだった。
「こちらとしては、呼び出した当初の目的を果たしてもらいたい。すなわち、中央森林に於ける霊獣の討伐だ。経験のないことだろうから、武術指導は、こちらのゼブルスが行うし、霊方術(れいほうじゅつ)指導は、後ほど、霊方術師たちをこちらに派遣予定だ」
「勝手に予定を立てられては困る」
鋭く言い放つのは、トールだ。
隣に座るミツも、不機嫌な顔を保っている。
その隣のキョウは、じっと相手の様子を見つめ、さらに隣のタイスケは、話す人物を目で追い、その隣のルゥは、椅子に浅く腰掛けて、両手を軽く、机の上と、膝の上に置いていた。
「霊獣だって、生き物だろう。殺せば当然、報復に来る。俺たちを勝手にこんな所に呼び出して、元に戻れなくしたあんたたちのためにも、この国の人のためにも、そんなリスクを負ってまで、俺たちが指一本動かす義理は無い」
第1王子が沈黙し、第3王子が口を開いた。
「戻れるとしたら?」
「明言しなけりゃ嘘を吐いてることにはならないとでも思っているのか?俺たちは、この世界に存在するために、体を作り変えられたんだぞ。こっちの世界では、アスタプレイア様が慈悲を掛けて、あんたらの要求ばっかの不完全な術式でも、こうして無事に生きていられるが、元の世界で完璧に元に戻れる術式を発動してくれる人も、慈悲深い神も居ない。アスタプレイア様はこの世界では至高の存在だが、ほかの世界の神が、身勝手な介入を許すわけがないだろう。我々の世界の神は、慈悲を見せる場合もあるが、厳格で、人という種だけに特別な配慮などしない。生きとし生けるものすべてに等しく厳しく、慈悲を与えるし、そういう神の下で生きてきた俺たちは、正当防衛以外でほかの命を殺さない。わざわざ殺しに行くなんて、人の道に悖る行為なんだよ」
カナエから聞いた話や、謁見の間での出来事を繋げて、事実確認のできない、いかにも異世界人らしい理由を言い立てる。
トールの言葉は静かだが、隣に座るミツの顔は、段々と凄味を増しているように見えた。
「あんたらが俺たちにしていいことは、謝意を示すことと、自分たちの罪の償いをすることだ。身勝手な要求を押し付けるなんて、筋違いだし、人道を外れた行為だし、身の程を弁えてない。話がそれだけなら、帰ってくれ。先に出した請求を満たさなくても構わない。ここに留まる理由がなくなるだけだからな。極端な話、このまま霊獣の縄張りに住処を整えたっていい。そうなれば、自衛のためには、多少は霊獣の数を減らすかもな。まあ、それは、別の国で暮らせないか試してからでもいいけどな」
沈黙が降り、トールは、立ち上がるために椅子を引いた。
「話す価値もなかったな。みんな、行こう」
「待ってくれ」
声を上げたのは、第1王子の方。
トールは、そちらを見て、動きを止めたが、次の言葉が無いので、不機嫌なように、すっと目を細めた。
第1王子…エドウァルドは、息を呑み込んで、視線を伏せたまま、言った。
「謝罪する。まずはそこから、始めよう。我々は、自分たちの行いを、理解していなかった。まずは、その点を謝らせてくれ。そして、次の機会をもらえないか」
エドウァルドが、顔を上げて、トールを見て、横に並ぶ異世界人たちを順に見た。
そうして、視線を戻して、一旦、トールに顔を向けた。
「王国の意思を、あなた方への謝罪と、罪の償いに向けて、まとめたい。先の請求については、私の責任で、すべて満たすようにする。どうか、我々に、あなた方との関係を改善して、築くための機会を持つための時間をもらえないか。この離れに、留まって欲しい」
居並ぶ5人の異世界人に、エドウァルドが向ける目には、先ほどまでの、立場を保つための冷たさが消えていたようだった。
もとは、20歳を超えている面々は、その表情に偽りを感じなかったけれど、それを見抜かせない者も在るということ、自分たちが見抜けない者であるかもしれないことを、その経験や知識で、知っていた。
「………。いいでしょう。一先ず、次の機会まで、留まります。ただし、俺たちは、国民にまで罪を問おうとは思っていないから、いつまでも彼らの血税を食い潰したいとも思ってない。当面、この王都で、自立する道を考えている。そのための準備を、明日から行う。あなた方の意思とやらが固まるまで待たないが、この王都内なら、連絡の取りようもあると思う。それでいいか」
穏やかな口調を、最後まで続けることはなかったが、内容としては、それほどに悪いものではない。
何より、民のためとして、国庫の負担に配慮する心持があることを聞けただけでも、エドウァルドには、利用価値があるはずだ。
もちろん、それを盾に取って、こちらに悪意を向けるのなら、苛烈な仕返しの機会に胸が躍る。
トールは、緩みそうになる頬に力を入れて気持ちを引き締め、どうぞお帰りを、と促した。
彼らが去ると、5人は、軽く息をつき、行こうかと頷き合って、居間に戻った。
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