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1章 4.始めの一歩!
―1.冒険者ギルドは、お約束でしょ?―
最初の、城下町偵察には、男子8人と女子2人で向かうことになった。
女子2人、ジッカは、運動能力に自信があり、レイは、いくらか武術の心得があるということで、加わった。
あとの男子8人は、見知らぬ者と話すことに、それほど抵抗が無いと言うキョウとマサヤ、あとの6人は、シールドで身を隠すぐらいなら、まあ、できるだろうと、せめて足に自信のある者たちを選んだ。
「基本は、自分だけ助かればいい。何かあったら、状況によるけど、まず、何があったかっていう、情報を持ち帰って欲しい。薬を使われたり、酷いことにはなるかもしれないけど、せめて命は助かるように、できるだけのことを、……する。自分のために」
タイスケ改めタイの言葉を受けて、先遣隊は玄関から出た。
既に、気楽な服に着替えていたタイは、ほかの見送りの者たちと共に、館の中に入って、男子たちと居間に戻った。
そちらには、既に支度を済ませたカナエ…カナが居て、女子たちに、気を付けてと声を掛けられているようだった。
タイは、近付いて、行こうかと声を掛け、残る仲間たちを振り返った。
長かった髪は、強く求めさえすれば、指定箇所ごとに長さを変えることは、難しくなかった。
色や、癖の付き方の変化は、いくらか労力が必要で、長さだけなら霊力を使わないが、色などだと、きっちり霊力が消費されていく。
それもあって、タイとカナは、黒色のまま、街に出ることにした。
「それじゃ、こっちには、簡単に戻れないと思う。街の方で、会おう。連絡は、さっきの通り、するから」
数人が頷いて返し、頑張れよ、とか、気を付けて、とか、声がする。
「行ってきます」
異空間部屋に繋げた小袋とともに、適当な荷物を詰めた背負い袋を背負った2人は、肩に小さな栗鼠を乗せたまま、個々のシールドで姿を消した。
開かれた扉から入る風の動きが変わったと、数人が気付いた時、タイとカナは、庭に面した大きな扉から、外に出ていた。
昼食を摂ってから、少し経っている。
消化に不安はなく、カナは、シールドの調整をしながら歩いて、この世界の風を受けた。
「初夏の大陸か…」
この東大陸ベリツィアは、初夏の大陸と呼ばれていて、なかでも、南半分の土地は、薫風の大地と呼び習わされているそうだ。
小間使い頭のマティーナほか、この館、白花の館の使用人たちに聞いた話と、図書室などに置かれた書物から得た情報によれば、この世界に、季節の移り変わりとしての四季は無く、北から南に下るにつれ、変わっていく、その場所の様子から、春夏秋冬が割り振られているそうだ。
聞いた限りでは、それらの場所は、日本の四季と重なる気候らしい。
だから、春と言えば、青草の上を精霊の子供が跳ね回るほどに暖かな陽気を表し、夏と言えば、大きく盛んに見える日の光がもたらす炎熱のような熱さを表し、秋と言えば、穀物の収穫時期を占う火を、温かく感じる肌寒さを表し、冬と言えば、日の光が少なく、海上に氷山すら作る極寒を表す。
広く信じられているところでは、この世界は、主要部分が、円柱となっているそうだ。
円柱の中央に浮かぶのが、円盤の海上にある五つの大地、つまり、異世界人が招かれた、多くの人々が暮らす空間らしい。
日の光が届かない海底には、滅多に見ることのない海獣たちの棲む、五つの大陸と同じ土地があり、同じ広さの不可侵の円盤までを、海水が覆うと言う。
この、不可侵の円盤によって遮られたその先の闇は、悪行を重ねた死者の霊体が招かれるところだそうで、やはり五つの土地が、海底と底を接し、その地は、上下が逆の世界でもあるらしい。
そしてその先に、円柱の底面があり、朝に沈む月が巡って、再び人々が眺める夕暮れの東の空に浮かぶ。
はるか天空には、円盤の隔たりの上に多くの神々が住まう五つの土地があり、善行を続けた霊体が招かれるそうだ。
日は、天上の世界と、人々の世界の海上の上空を通っており、これらの外から見たなら、円を描いて巡り、月は、海上の上空と、円柱の底を見上げる者たちの頭上を巡る。
そうなると、地球の太陽より、よほど近い所に、この空間の日と月の光はあるのだろう。
つまりは、以前に居た世界の太陽と月と、似た働きをするにしても、全く違う存在と考えるべきらしい。
そして、その、日と月が巡る空間は、円柱形の世界を囲む、球状の空間の中を通っている、ということだ。
マティーナの描くところでは、最後に、円柱を、丸い円で囲っていた。
話を戻して、涼やかな風と、眩しい光を感じるカナには、この場所の今の気候は、大体、日本の五月頃、日差しの下では、ちょっと汗ばんでしまうところと思われた。
「ん?ああ。あれ、もしかして、シールドは外してないよね?」
「ああ、うん。今はまだ、風に薬を混ぜられるような状況じゃないからね。折角だから、外の風、感じたくて」
「え?え?」
不穏な発言もあって、ちょっと理解が追い付かないタイだ。
カナは、どこが理解できないのかは判らなかったけれど、説明し直した。
「あ。ええっと、シールドに、無害な周りの空気を入れさせてるの。まあ、一応ね。まだ、気付かれてないと思うから、この程度の警戒でいいかなって」
「な、なるほど」
そんなこと、考えもせず、ただ、周囲を遮蔽したタイだ。
移動中でもあるので、今、変更するのは、怖い。
そんなことを思わないのか、自信があるのか、それとも、既に試しているのか、カナとは、ほんの数時間の付き合いなのに、知っていくほど、底が知れないと思う。
白花の館の庭を通り過ぎると、図面で説明されたように、高い木が、石造りらしい塀に沿って、並んでいる。
もちろん、ただ敷地の範囲の確認をしたいのだと言って、聞いたのだ。
2人は、塀沿いに正門を目指して、閉ざされた、格子の門の向こうに、立番の衛士が居ることを確認した。
事前に話し合っていた2人は、頷き合うと、分かれて、両脇の門柱の手前に立ち、練習したように、シールドの底面を、足の下だけ持ち上げて、頭上部分と共に体を持ち上げた。
そうしておいて、広い視界を確保すると、シールドの外枠を、まっすぐ前方に延ばし、衛士の頭上から、門前を横切る道までを飛び越えて、その路肩に当たる端を終着点とした。
あとは、足元ごと体を、シールドの外枠の中で、向こう側まで届けるだけだ。
門柱を起点にしているのは、互いの居場所に見当を付けるためだ。
庭を歩いていた時のように、互いだけで知覚し合うこともできたのだが、作業内容が増えると、最も大事な、他者の視覚に与える効果が、薄まったり、消えたりするかもしれないので、この時ばかりは、最小限の労力で作業していたのだ。
2人は、それぞれ、道の延びる左右を確認して、やはり聞いていた情報を頼りに、まずは出て来た門に向かって左手へと、その道を進んだ。
振り向いて、衛士たちが見えなくなり、見回りの者も居ないと確かめると、タイは言った。
「問題なさそうだね」
「うん。予定通り、城門を出よう」
「オッケ」
今は見えないけれど、カナが後ろを歩いているはずなので、立ち止まることができない。
熟練すれば、移動途中ぐらいなら、なんとかできそうだったが、今はまだ、タイの作った通信用の栗鼠が頼りだ。
いつ、誰に見咎められるとも知れないし、この先、離れを含む王城の西門が、すぐに見えるはずだ。
日中は、外部との遣り取りで、ほとんど開いているそうで、有事の際には、格子門が上から落ちてくる。
城内への用向きを終えたらしい荷車が出るのに合わせて、城門を潜った2人は、話して確認しながら、道を南に向かった。
この先は、王都の中央に近付くはずなので、適当に人目を避けて脇道に入ると、建物の陰でシールドの範囲を狭めて、透過状態にした。
タイも、カナも、経験は無いのだけれど、通り過ぎざまに荷物を奪われたり、背中の袋を切られて、落ちた中身を奪われたりしては困る。
姿を現した2人は、元の道に戻って、人通りの多い、広い道を探した。
目指すのは、王都中央広場だ。
この町は、北側に王城や貴族の屋敷、文武に於ける中級程度からの管理職位にある官吏たちの住まいがあって、少し南に、上流向けの商店や宿、裕福な商人などの平民の住まいがあり、その南の、町の中央に、目指す中央広場がある。
広場自体に用は無いのだが、そこから、各組合…コレギウムを見付け易いのだそうだ。
コレギウムと言うのは、この世界の言葉で、翻訳によれば、組合を指すようだ。
タイやカナには、ギルドと聞く方が馴染みがある。
コレギウムの場合は、翻訳された、組合という語に重なって、片仮名で聞き取ることができ、日本から来た、本来の発音を知らないタイやカナたちが、聞いた通りに発音しても、組合、とは、翻訳されない。
これは、五大陸共通の通貨単位も同じで、円という語に重なって、ヌブル、と聞こえる。
コレギウムは、組合という、ひとつの纏まりを示す単位でもあり、1コレギウム、2コレギウム、といった使われ方もする。
この、各コレギウムは、中央広場から延びる、5本の通りの一番手前に位置していて、主要な玄関口が、広場向けと通り向けに、ふたつ設置されている。
初めて行くのなら、広場向けに開いている玄関を使う方がいいだろう、とのことだ。
コレギウムは、国ごとに10種類、砦の中にある町…オッピドゥムごとに、各コレギウムが支部を設けており、特に、冒険者と交易者のコレギウムは対処範囲が広く、どちらかに登録すれば、どの国、どの大陸に行っても、まず困らない。
ほかの、馬借者、医薬者、家政者、造成者、工匠者、調法者、生成者、学究者のコレギウムは、利用者が限られていることもあり、対処範囲が狭かったり、規模が小さかったりする。
例えば、交通の整っていない地域との遣り取りを断られたり、国や大陸を跨いでの取引に時間が掛かったり、取り扱っている品物が少なかったり、無かったりする。
そして、そちらでの不都合を軽減するのが、冒険者と交易者のコレギウムでもある。
特に品物の取り寄せ依頼は、諍いの種を減らすため、当人の所属コレギウムを通して、冒険者か交易者のコレギウムに対し、発注される場合が多い。
タイとカナは、そこまで詳しい説明は聞いておらず、後ほど、ケータイ、と呼称することにした情報板で、確認することにしている。
今はとにかく、ざっと街の様子を確認しながら、踏み固められた土の道を歩く。
体を造り変えられた影響か、結構な急ぎ足なのに、タイもカナも、息を乱すことが無い。
そのうち、カナが気付いて、これはいいやと、けれども念のため、ステータス板を出して、歩きながら確認してみた。
体力関連表示、と、思い浮かべながら、ちょっと意識を傾けると、願い通りの表示になる。
歩きながらなので、詳しい説明までは確認できないのだが、体力の並びと、耐久力の並びと、生命力の並びの右端に、自動回復自動補助(霊力)の表示があり、霊力の段の右端には、即時自動回復の表示がある。
これも後ほど、技能の項目でも確認しないとなと考えながら、周囲を見回す。
この辺りは、立派で高い建物が多いようだ。
集合住宅のようだけれど、外観は、それなりの年代を刻んでいるものの、きれいと言えたので、住んでいる者には、ある程度の生活のゆとりがありそうだと思えた。
「もうすぐ広い通りみたいだ」
タイの言葉に、前方に目を戻しながら、ステータス板を消した。
「だね。たぶん、あそこから左」
「うん」
2人が出てきた、白花の館は、本館の西側に建っている。
背面には、深い森があって、その手前が、別館としての敷地限界ということだった。
ただ、許可があるのなら、森の中に立ち入って、王城の敷地内の別の区画まで、近道をすることができるそうだ。
ただし、馬が走っている場合があるので、気を付けなければならない。
使用人は、急ぎの用事がある場合には、そちらを使ってもよいらしい。
あとふたつ、使用人が使う敷地の出入り口が東西にあって、東は本館へ、西は、タイとカナが出てきた、城外に出るための大きな馬車道に繋がっている。
その西側の出入口は、城門ほどに頻繁に開閉するわけではなく、見栄えも気にする必要が無いので、衛士の詰め所があるなどで、人の動きが読めないと判断して、利用は避けたのだった。
そういうわけで、正面の、主たちと客が利用するための門を利用した2人は、西側の城門を使って城外に出たので、王城の正面南に位置する中央広場に行くには、東向きに移動しなければならない。
初めて見る町なので、治安も分からない不安はあったのだが、一先ず、近道など考えず、まっすぐ南を目指した後、東西に、まっすぐ延びる道を探していたのだ。
どうやら、目当ての大通りに行き当たったらしく、いくらか人出の見られるその通りを、東に向かって進んだ。
この通りには、北側に販売を主とする店が多く、買い物客は、そちらが多いように見える。
南側には、金属などの加工品…日用品のような、手で持つ程度の商品を扱う店が多いようで、店先に掲げた看板には、食器とか服飾小物とかの表示がされている。
ただ、その南側の店の脇には、小道があって、もしかすると、店よりも、そちらの小道に出入りする人の方が多いかもしれない。
彼らの服装は、商人や、何か、細工物のような作業をする人のようで、ちらりと見えた、道の奥には、倉庫のような建物があるようだった。
「結構遠いけど、あれじゃない?」
タイの言葉に、カナは、前方に意識を戻す。
段々と増えてきた人の間から、確かに、中央広場の石畳が見える。
「みたいだね。そうすると、あの辺が、交易者コレギウム…」
目を向けた建物は、かなりの大きさだ。
「さすがの立派さだね…」
「うわ、けっこ、おっきいね。ん。でも、向かいは、それほどでもないかも?」
「んー…」
視線が遮られて、よく分からないのだが、交易者コレギウムらしき建物の向かいには、いくらか高さも幅も抑えられた建物があり、どうも、その横には、道か何かがあるのか、空間が見えるようだ。
近付くと、通りに面した敷地としては、どちらも同じに見えた。
「こっちは工匠者コレギウム、か。なんか、空き地がいやに広いね」
「資材の出し入れの都合とか。どうする、こっちから入ってみる?」
交易者コレギウムを見上げるカナに、大きめの声が返る。
「いや!いや!ここはやっぱり、冒険者ギルドでしょう!」
こぶしを握り締めるタイに、カナは、ふふっと笑う。
「コレギウムね」
「ああ、そう。なんか、馴染まないなあ…」
「ふふっ!」
気持ちは、なんだか、分かる気がする。
建物のない石畳の上を通り過ぎて、タイとカナは、冒険者コレギウムの、広場側に開く玄関の前に立ち、建物を見上げる間だけ、留まった。
「それじゃ、行こうか!」
こちらを見る、タイの目に輝きを見て、カナはまた、ふふっと笑った。
「うん」
タイも、やっぱり、同じように、胸が鳴っているのかなと思いながら、カナは一歩を踏み出した。
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