30人が本棚に入れています
本棚に追加
1章 1.転生者たち!
気付くと、多くの人に囲まれていた。
何れも見知らぬ人に違いないけれど、大まかに、立っている人と、床に倒れた状態から、起き上がろうとする人。
久住奏江は、自分で伸ばした覚えのない長髪と、無意識に顔に持ってきた手と腕、視界に入る、そのほかの自分の体が、見覚えのないものになっていること、また、これまで自分が生きてきた中で、現代日本では、少なくとも日常着としては、用いられない服を着ていることを知った。
「さあ、皆さん!起きた人から、順番に!能力値を見ますので!並んでください!」
大声でそんなことを言われる。
奏江は、多くの人が倒れていることを見て知ると、座った状態のまま、手を額に当てて、動けない振りをしつつ、能力値確認、と、強く思い浮かべた。
目の前には、何も無い空中、奏江の見易い位置に半透明の板が浮かび上がり、奏江の姓名と、現在の身体年齢らしい、(15)の表示など、身体状態が掲載されているようだった。
それとなく周囲の反応を探ったが、この板に気付いた者は居ないようだ。
奏江は、自身の周囲に薄い膜を思い描き、遮音、視覚誤認、存在不覚、と念じた。
うまくいったか判らないが、倒れていた人は、皆、身を起こし、立っている人も増えてきていたため、奏江は、時間稼ぎをするように、ゆっくりと立ち上がった。
まずは、もともと立っていた人たち…杖を持ち、黒っぽく、長いローブ…と言っていいのか、体全体を覆う衣服を着用している人たちを見回して、誰とも目が合わないことなどを確かめた。
能力値を見られている人は、まだ少なく、そちらでは、おお!とか、素晴らしい!とか、声が上がっていて、進みは、それほどには速くない。
奏江は、自分と似たような服を着る、恐らく、身体年齢が15歳と思われる人々を見回して、少し離れた場所に立つ人に目を付け、その人の目の前まで、恐れるように、そっと歩いて、移動した。
そうして、個体距離…他者を受け入れられない距離に進入したはずだが、少年の視線は、奏江を捉えないようだ。
奏江は、自分の周囲に在る膜に、保護膜という名の認識を行い、外的要因からの危害を反射する設定とした。
実現できているかはともかく。
それから、この保護膜の内部に、目の前の少年を入れながら、彼の左右と後ろまで、大きさを広げた。
一瞬で行われたその作業の直後、うわっ!という、短い声が聞こえて、少年が後方に飛び退った。
位置は、考えた通り、保護膜の内側なので、問題ない。
素早く周囲を見て、今の少年の声が、誰の気も引いていないことを確かめた。
「なんっ、なん、だ、よ、突然…」
大きめの、その声も、聞こえた様子はない。
奏江は、少年に目を向けて、人差し指を唇の前で立て、それから、声、と言いながら、同じ手を胸の横で水平にして、上下に2度ほど動かした。
「私、奏江って言うの。あなたは?」
「ぼっ、僕は、湯船泰佐…」
「苗字は、伏せとこ。あなた、周りの人たちのこと、疑ってる?信用してないよね?私、今、保護膜を作って、あなたと私を隠せてると思うんだけど、自信はない。でね、一緒に考えてくれない?このまま、周りの人たちの言いなりになると、もしかして、奴隷とかあるかもしれないと思ってるの。それで、1人も不安だし、ほかの人も、このまま見捨てるだけもなんだし、今の私たちでできる最善て、なんだろ?」
「ど、奴隷…」
「現時点で、誘拐、軟禁でしょ。とにかく、考えて。このまま、1人ずつ取り込んでいってもいいけど、私の霊力が持たないし、移動が難しい。2人でも無理。まあ、頑張れば…とにかく、この状態をいつまで続けられるかわかんない。あ、そうだ」
奏江は、声に出して、能力値確認、と言った。
そうすることで、泰佐自身にも、自分にできることを、自分で考えて、行動を始めて欲しかった。
今は、説明する時間が惜しく、奏江自身に、心に余裕がなかった。
膜を作った時点で消えていた半透明の板…仮に数値板と名称を認識しておいて、現れたその板から、霊力の消耗値を、横棒の色表示と数値で確認し、自動回復が勝っていることを知った。
けれども、油断はできない。
「霊力値のみ表示固定」
声に出すと、思い通り、霊力という文字、色付きの横棒による保有数値に占める現存数値の領域表示、現存数値、保有数値、即時自動回復の掲示が横並びになった。
「きっ、君、なんか、慣れてる?初めてじゃない?」
奏江は、答えるだけの時間が気になって、それどころではない。
そうとは見えないかもしれないが、かなり焦っているのだ。
「私があなたを選んだのは、1人だけ後ろに居て、この膜に入れ易そうだったのと、私と同じで、周りの人たちを信じてないみたいだったから。私は自分がかわいいから、1人でなきゃ、誰でもいいし、誰かのために危ないことはしたくない。あなたは?まさか、みんな助けられると思ってる?まあ、今の状態が助かってるか分かんないけど」
奏江が話しているうちに、泰佐は、徐々に表情に落ち着きを見せてきた。
まだ、動揺するものはあるけれど、いくらか、考える頭には、なったようだ。
「理想としては、あと何人か取り込んで、何方面かに分かれたい」
そう返してきて、奏江は、ほっとしたが、すぐに現状に立ち返った。
「でも、数を数えられたら、まずい。時間がない」
奏江が、落ち着きなく辺りに視線を走らせるので、相手が、自分の思うほどには、冷静でないことに気付いたらしい。
泰佐は、落ち着いてと、ゆっくり言った。
落とし込むような声音に、焦りは消えないけれども、奏江は、泰佐に目を戻した。
「焦らず、1人ずつ、取り込もう。危険だと思ったら、そこでやめる。いいか?」
「うっ、うん…」
つっかえながら答えて、奏江は、胸の中央に手を置いて、深呼吸に努めた。
泰佐は、相手…奏江の精神状態を、あまり良くないものと、下方修正して認識し、言った。
「大丈夫か?動けないなら、動かない方がいい」
言うと、奏江は、涙を零し始めた。
「ごっ、ごめん、ねっ、あっ、あんまり、大丈夫じゃ、ない…」
泰佐は、迷ったが、袖が無いために剥き出しになった奏江の二の腕を、両手で強めに掴んだ。
奏江は、身動きを止めて、泰佐の目を、じっと見た。
「なら、大丈夫だよ。このまま、動かずにいよう。僕たちが、別で動いてるだけで、何か助けになるかもしれないし、無理に誰かを引き込んでも、責任取れないだろ」
奏江は、言われたことを、懸命に理解して、何度も、頷くように、息と唾液を呑み込むと、ようやく答えた。
「わ、分かった。落ち着くように、努力するね。あなたも、私と同じことができないか、試してくれない?」
言うと、泰佐は、はっと息を吐いて、照れたように笑った。
「そうだね。僕も、落ち着かないと。それで、これ、どうやって作ってるの?」
「私は、さ、ちょっと…恥ずかしいんだけど、思いとか、言葉とかが、力になるって、思ってるのね。前に居た世界は、物を動かしたり…目に見える変化はないけど、ここは、違うんじゃないかって、思い込むことで、試してみたの。そしたら、できたから、取り敢えず、仲間を作った。巻き込んで、ご、ごめん。許さなくていいよ」
奏江には、言うほど、許されない覚悟は、なかったけれど、それでも、そう言うべきだと、思うことを口にした。
泰佐は、放そうとして、少し緩めていた両手に、再び力を入れて、俯き掛けていた奏江が、自分の目を見るのを待った。
「ありがとう、助かったよ。考える時間ができたし、話し合える人ができたのは、すごく助かる」
奏江は、落ち着いていた涙を、また大粒で零したけれど、懸命に堪え、両手で何度も拭って、何度も深い息を繰り返し、泰佐を見据えた。
「はっ、あっ、あのね、まず、自分を包む膜を作ったの。柔らかくて、ゆったり余裕を持って、包む感じ。それを、強くイメージした。それができたら次は、遮音と、視覚を騙すイメージで、あ、えっと、私が消えた分を、周りの風景で認識させる感じ。それと、あ、遮音は、自分の出す音だけ遮る感じで、で、魔力とか、なんか、気配とかで察知されると困るから、存在を知覚できないって感じで、言葉を適当に作って、固定した」
内容が前後するなどで、聞き取り辛くはあったが、説明の始めの方は、まだ止まらない涙を拭いながらで、精一杯を努めていることが、充分に伝わったので、泰佐は、自分も、最大限の理解に努め、うん、うん、と、頷いて見せた。
「つまり、固定スキルとかじゃなくて、本当に自由に作ったってこと?」
「あ、そうだね。こういう小説とか、大抵、英語でいけるけど、私、英語分かんないし。ゲームしないし」
「なるほど。じゃあ、自分にとって一番イメージしやすい言葉で、大抵のことはできそうだね」
「あっ、うん。でも、霊力はちゃんと減ってくから、それは、人によると思う」
「ああ、そっか。それ、まず試そう。君は、能力値確認、で見れるんだよね」
「あ、うん、そう。数値板て呼ぼうかと思ってたんだけど。自分だけ分かればいいかって。ステータスって、なんか馴染みないから」
「あ、いくらか、言葉は知ってるんだ。ステータス。お、ほんと出た」
「ステータスの方が、言葉早そうだね」
「うん、でも、慣れてからがいいよ」
「そっか。そうだね」
そう返すと、奏江は口を結んだ。
泰佐の視線が、表示板を追っていることに気付いたからだ。
そちらはそのままに、いつの間にか腕を放されていたので、ふっと後ろを向いて、状況を確認した。
奏江が動揺している間にも、ほかの人たちは、大人しく言われたように列に並んでいる。
能力値の結果を知った、奏江たちと同じ状況の人たちは、嬉しそうな顔もあれば、不安そうな顔もある。
自分の元の年齢が、もう45歳にもなっていたので、全員の身体年齢は、自分同様に下がっているのではと推測する。
だがまあ、あからさまに嬉しそうな者たち、興奮している者たちは、実年齢が、現在の体に、近いのではないだろうか。
先ほど、自分が動揺して、泣き出したのは、元の精神状態が酷かったところもあるのだろう。
精神年齢が若返っていたら、声を出さずに泣く、なんて、さっきみたいな芸当は、できそうにない。
元の自分が死んだのかどうか、判らない。
記憶に無いので、眠っている間に、何かがあったのかもしれない。
年齢相応に、生活習慣も悪かったりで、体調は優れなかったけれど、病死ではないと思う。
苦しんだ記憶も無いので、それまでの経緯から、自分で、とかも、考えなくはないけれど、最後の記憶では、追い詰められるような事柄も特別にない日で、夜、眠るために、ベッドに横たわっており、確かに眠りに落ちたと思う。
そのあと、体に違和感があって、気付くと、うつ伏せで、冷たい、この部屋の床に倒れていたのだ。
違和感の記憶の中に、闇を落ちる感覚も残っているけれど、その辺りは、確信のないことだ。
とにかく、今は、15歳らしき体で、霊力なるものが使える世界に居るようなのだ。
記憶の整理が付くと、目の前のことを処理できるようになってくる。
一度、深呼吸して、辺りを見回した。
どうやら、自分たち2人は、完全に周囲の人の意識の外に在るようだ。
気付いていない振りをされていたとしても、今はそれは、頭の端に置いておく。
「まだ続きそうだね」
泰佐が、横に並んで、辺りを確認する。
「うん。これからどうする?まずは、どうやってこの部屋を出るかなんだけど」
「うん。やってみたんだけど、あ、そうだ、確認。これから、君と同じような膜を作るからさ、どう見えるかとか、声とか、足音とか、確認してくれる?」
「分かった」
自分で出来るなら、余分な大きさは必要ないし、もし、膜が消えてしまっても、見付かるのは1人で済む。
確認すると、泰佐は、迷彩、と呟いて、姿を消し、遮音、と聞こえた後、音は聞こえないが、風が動くような感じがして、奏江は、気配のあった方へと、視線を向けた。
すると、不意に、何も感じなくなり、じっと動かずにいると、泰佐が姿を現した。
「どうだった?なんか、遮音の時、何か分かってた?」
「うん、風が動いてる感じがした。音はないけど、なんか。騒がしい感じ。あ、あとね、私の膜は、外からの攻撃は反射する感じで作ってて、保護膜って名前にした。結界だと、固定って感じで、動けないし、シールドだと、盾って感じで、守るのが前だけになる気がするの」
「あ!シールド!それ、いい!遮蔽って意味になるから!」
そう、少し大きめの声を上げて、次の瞬間には、姿を消した。
しばらく待っていると、姿を現し、どうだったと聞いてきた。
「分かんなかった。魔力的なものとか?は、ちょっと分かんないけど、いいんじゃないかな。あ、でも、話せないと、困るね。糸電話みたいの、できるといいんだけど」
「糸電話!懐かしい!」
「はは。今の子はしないのかな」
「はは。しないかも」
奏江は、どうやら、泰佐の年齢は、そこそこ上らしいとは思ったが、自分ほどではないだろうと、状況に、そぐわないことを考えた。
それも少しのことで、すぐに、ほかの、仲間…と言えそうな、転移か、転生してきた者たちに目を戻す。
「そうだ!ちょっと待ってね」
奏江は、不意に思い付いて、それを想像の中で形にすると、2羽の、鳥らしい輪郭を持つ、緑がかった半透明のものを作り出した。
胸の前で形作ったそれらを、目の前に掲げて、足の下に、それぞれ円環を浮かべて、乗せる。
「時間差があるかもしれないけど、ちょっと試してみよう。こっちを、あなたのシールドの中に入れて」
「分かった」
奏江は、泰佐と、彼に持たせた鳥が姿を消すと、言葉を発した。
「声が聞こえたら、返事をして。声を出したまま、こっちで再生できるはずなの」
そう言うと、すぐに泰佐のものらしい声が聞こえた。
「すげ!ちゃんと聞こえてるよ!」
「了解。ちょっと戻ってきて」
「分かった!」
泰佐がシールドを消すと、奏江は言った。
「多少、声が違うけど、言葉は同じになってると思う。ただ、どれだけ維持できるかとか、分かんない。距離とか、時間とか」
「あ、そっか、分かった!」
「うん。けっこう、時間掛かるね。ね、円の外に出られると思うから、試してみようか。それとも、1人ずつかな?」
「うー…ん…、あ!いや!最初は、団子になってたと思う!」
じっと観察していたのだろう、泰佐の言葉で、2人は、自分だけを包む、シールドと呼ぶことにしたそれらで、魔法陣と呼ぶのかどうか、文字などが書かれた何重もの円の外に出た。
文字は、単語ごとに目に入ると、日本語に翻訳されて読めた。
翻訳されると同時に、書かれた文字が日本語に変化したように見えるのだ。
奏江は、読めるだけ文字を追って、この円には、土、風、水、火と、光と影の単語が入れられ、円形の外の世界を守りながら、その内側に、空間転移の出口となる力場を生成し、さらにその内側に、この世界の理に転換しやすい人族の呼び出しと、存在の転換と定着、そして、中央には、創造神アスタプレイアに向けた慈悲の懇願と、異物となる転移者の受け入れを懇請する文言があると見た。
「カナエちゃん…さん?カナエでいい?僕は、泰佐でね。そろそろ、終わりそうだから、隙間を見付けて、外に出よう。取り敢えず、彼らのあとを付いて行こう」
「分かった…ちょっと、慣れないけど…」
「ははっ。そうなんだ?」
「うん。男子と話すことがまず無い」
「ぶふっ!そっ、そうなんだ…ええと、と、取り敢えず行こうか?」
笑ったようではないけれど、どうやら、困らせてしまったようだと、奏江は、受け止め方が判らず、とにかく、泰佐のあとを追った。
最初のコメントを投稿しよう!