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──あれ?
気がつくと私は道路の脇にいた。
さっき横たわっていた場所から20メートルくらい離れたところだ。
事故があったような人だかりもなく、車がときどき私の横を走りすぎていくだけだった。
(え???)
私はあることに気づき、驚いて尻もちをついた。
自分の身体を見ると、白と黒のふわふわの毛がある。柔らかそうな尻尾もついていた。
私は近くの店のガラスに映る自分の姿を見た。
そこにいたのは、真衣──ではなく耳のついた猫だった。
(うわぁぁぁぁぁ!!!)
そう叫んだが、口から出てきたのは、
「にゃあ」
という可愛らしい猫の声だった。
(猫になってるの!?)
理解不能なこの状況に、私は呆然とした。
ただ一つ分かるのは、自分の身が、私がさっき車から助けたあの猫の身体になっている──ということ。
(これは夢?……そうか夢なのか!そうとなったら目が覚める前に、この猫の姿を楽しまなきゃ!)
一度だけでいいから大好きな猫になってみたい、という願望は小さな頃からあった。もちろんそんなことはあり得ないと分かっていたけれど、そのまさかがたとえ夢の中だったとしても、今、実現しているのだ。
真っ青な空の下、私は街を歩き回った。
何度も通ったことのある道も、お気に入りの商店街も、まるで違う場所のようだった。
何もかもが大きく見えて全てが新鮮だった。
何度も人に踏まれそうになるのを必死に避けながら。
すみれさんというおばあさんが開いている小さな花屋の前を通った時だった。
「おーい」
誰かの声がした。周りを見るが誰もいない。
「こっちだよ」
そう声のする方へ顔を向けると、そこには真っ白の猫が花屋のテーブルの上からこっちを見ていた。
サクラだ。
サクラはこの花屋の看板猫だ。仕草がとても上品で、人形のような青い瞳は本当にキュートだ。以前、「花屋の美少女ネコ」とテレビで取り上げられていた。この花屋が人気なのも、サクラのお陰だと言えるだろう。
真衣もサクラのファンの1人で、よく花屋に通っていた。
「またみんなとはぐれたの?」
私は驚いて飛び上がりそうだった。
サクラが何を話しているのか分かるのだ。
戸惑いながら口を開いた。
「はぐれる…?」
「迷子になったんでしょ?ほんと危なっかしいんだから。今すみれさん奥にいるから送ってあげるよ」
「あ…ありがとう」
サクラは軽々とテーブルから飛び降りて、私の横に来る。
いつもは小さく見えるけれど、今は大きくて何だか頼もしく見えた。
サクラに連れられて並んで歩く途中、サクラに沢山のことを教えてもらった。
すみれさんはよくお風呂で歌っているとか、サクラは花屋のお客さんから尻尾を触られることがちょっぴりストレスだとか。(今度来るときは気をつけようと思った。)
「着いたよ」
私は前を見上げた。
そこは、緑の葉が生い茂る木々に囲まれた上の方まで長く続く階段で、耳を澄ますと波の音が聞こえた。
そして一段一段で、猫たちが自分の時間を過ごしている。
寝ている猫。二匹で戯れあっている猫。毛づくろいをしている猫。
夕日に照らされたその情景を見ていると、ここだけ時間の流れがゆっくりであるかのような心地がした。
(…あれ?私ここを知っているような気がする)
私はふとそう思った。
その時だった。
「真衣ちゃん」
突然自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。
(…誰??)
そう思って声のした方を見ると、夕日を背に一匹の猫が座っていた。
今にも消えそうなほどぼんやりと見え、風景に溶け込んでいるようだった。
でもすぐに分かった。
その猫はさっき私が助けようとした猫。今の私の姿だった。
そして私の懐かしい記憶が一気に呼び戻された。
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