アルバムには載らない 1

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 業務用に売っていた安いボールペンを紙面に走らせているとき、わたしは今までの人生で一番素直になった。  午後五時前の教室は電気がついておらず、わたしもわざわざつけたりしなかった。外は昼間と夕方がぶつかり合っていて、その間にスライスされた雲がたなびいている。  時間が進むにつれ、手元の文字はどんどん見えなくなっていく。そしてついに目を凝らしても確認できなくなったと同時に、わたしは最後の署名まで書き終わった。  丁寧に折り、封筒に収める。封筒には何も書かない。  わたしはボールペンをペンケースにしまい、ペンケースを鞄に突っ込むと席を立った。いつもの習慣で、ほぼ意識せずに椅子を机の下に差し入れて、足元も見えなくなってきた暗い教室を後にした。  昇降口には誰もいなかった。  こんな遅くまで学校に残っていたのは初めてだ。いつも大声で笑い合っているクラスメイトなどはギリギリまで学校で駄弁っているものと思っていたが、そうでもないようだ。  誰もいなくなった校舎は魅力的だった。廊下の電気も場所によってはすでに消され、職員室だけが不自然なほど明るく、人の気配を微かに漂わせている。昇降口に入ってすぐのところにある自動販売機が昼間の何倍も白く光って見えた。  わたしは自分の上履きが入った下駄箱の前まで行き、しゃがみ込んだ。  一番下の下駄箱は、彼にとっては不便だろう。わたしの下駄箱と交換するとちょうどいいのにと思う。  少し戸惑ったが、「ごめんなさい」と心の中で懺悔しながら彼の下駄箱の戸を開く。中には大きな上履きがあった。それ以外は何もない。下駄箱を物入れのように使っている生徒や、内側にステッカーを貼る者などがいるが、彼はそんなことはしないようだ。  上履きの上に封筒をそっと置く。余分なものが入っていない下駄箱だから、わたしの入れたそれは異物のように感じられ、完璧な空間を壊しているように思えてきた。いっそゴミだらけの下駄箱だったら、その中に紛れ込ませることもできたかもしれない。意味のあるものとして下駄箱に入れておくより、ゴミとして放り込んだほうがむしろ罪悪感も薄く済むかもしれないと思ってしまう。  このままでは駄目だ、とわたしは思い切って戸を閉めた。開けたままでは考えすぎてしまう。わたしは彼の下駄箱に手紙を入れたんだから、あとは野となれ山となれ、じっとするしかないのだ。  立ち上がり、背伸びをして一番上の下駄箱からわたしの靴を取り出す。手を滑らしてしまい、片方が手から逃れ、わたしの顔に落下してきた。ぽこんと跳ねて転がる。  周りに自分一人しかいなくてよかった。わたしはホッとして昇降口を小走りで出た。  後に残されたのは、今日はもう誰も開け閉めしないだろう無数の下駄箱だけだった。
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