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りなは皿洗いを終えて席に着く。かれんはお茶を用意する。ティーバッグをポットに入れて、お湯を注ぐ。ガラスのポットに色が広がった。
食後に温かいお茶を飲む。それが二人の習慣なのだ。
かれんはお茶を注いだカップをりなに渡した。
「はい」
「ありがとう、お姉ちゃん」
カップ越しに伝わる温度で、手洗いで冷えた手を温める。りなは皿洗いをした後で手を洗うからだ。
やわらかい茶色の液体を飲む。今日はアールグレイのようだ。おいしい。
「おいしいね」
「でしょ?」
かれんは得意そうに微笑む。
かれんは生粋のお茶好きだった。小さい頃から緑茶、紅茶、中国茶とお小遣いで買ってきた。その舌は伊達ではない。今では出版社からの帰りにおいしいお茶のお店を見つけ、そこで買ってきたものをよく使っている。
何故二人は二人暮らしをしているのだろう? それには、理由がある。
りなの病気を、両親が理解してくれなかったからだ。
ただの甘えだとか、怠けているから病気になったのだとか、彼らはことあるごとにりなを責めた。
ただ一人、かれんは知っていた。
りなは怠けなんかではないと。甘えられず、一人で抱えてきたから病気になってしまったのだと。
だから、かれんが大学を卒業したタイミングで引っ越した。高校を出て引きこもっていたりなを連れて。
それから、かれんは仕事の合間を縫ってりなの病気について調べた。一生付き合っていく病気であること、仕事に就けなくても行く場所があるということ。図書館で本も借りたし、インターネットでも調べたし、時にはりなの外来についていくこともあった。
かれんは現状に満足している。りなも行く場所があってよかったと思っているはずだ、とも思っている。
「ねぇ、りなちゃん」
「ん?」
「今、どう? 満足、してる?」
「んー……」
りなは少し考える。
「してるよ。満足。こうやってご飯も食べられるし、まぁ仕事には就けてないけど、病気のせいだから仕方ないなって。よく忘れちゃうけどね。本当──」
「本当?」
「……お姉ちゃんがいて、よかったなって」
かれんは少し驚く。そんなこと、初めて聞いたからだ。
「そうなの?」
りなは頷いて、一口紅茶を飲む。
「だって、お姉ちゃんがいなかったら、私、今いないかもしれないんだよ? だから、あのとき無理やり引っ張り出してくれてよかったなって思ってるよ」
「あのとき……ここに来たときのことね?」
「そうそう。あのときは外出だけでも大変だったからさ。今は家事できるしデイケア行ってるじゃん? それってすごい進歩だなって」
「そうね! すごく成長していると思うわ」
「お姉ちゃんも駆け出し作家からベストセラー作家でしょ? お姉ちゃんもすごいよ」
「ありがとうね、りなちゃん」
りなは褒められて少し照れくさかったから、お返しにかれんを褒めた。お互い嬉しくて、でも恥ずかしくて、笑い合う。
お姉ちゃん。やっぱり私、お姉ちゃんのこと、大好きだよ。
こんなこと、言えないけれど。
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