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このなんとも言えない感情を、どの言葉で表現すればいいんだろう。
りなは玄関でそんなことを考えていた。今ちょうど帰ってきたところだった。
時刻は四時。
スニーカーを脱いでリビングまで歩き、鞄を椅子に掛け、ソファに座る。ここでふぅと息を吐き、一休みするのがりなの習慣になっている。
一休みしながら、りなはこの後やらねばならないことについて思考を巡らせていた。
夕飯を作らなくてはならない。
でも作りたくない。
駄駄を捏ねるのは、真面目なりなにとってはとっても珍しいことだ。自分でもおかしいなと思いつつ、りなは夕飯のことを考えてうんざりしていた。
「どうしよう」
りなは冷蔵庫へ向かう。開けて食材を見たところで、「作りたくない」という感情がぶわっと溢れてきた。
「やだ! 作りたくない!」
子供のように叫ぶりな。その声を聞く者は誰もいない。
りなは一人涙を流し始めた。ああ、今日はもうだめだ。急いで置いてあるティッシュで涙を拭う。墨汁のようなシミがティッシュに付着した。
そう、りなの涙は黒いのだ。生まれつきだ。このせいで、どれだけ苦労して生きてきたことか。
りなは夕飯作りを諦め、ティッシュを持ちながら自室へ入る。ベッドに寝転がり、しくしくと涙を流す。頓服薬を口に放り込む。水で流す。
りなは精神の病気を患っている。その病気は治る、という概念がなく、一生付き合っていかないといけないものなのだ。りなは二十歳に発症してもう十年も付き合っている。
りなは働いていない。というか、働けないのだ。病気のせいだ。仕方のないことなのだが、りなは働けない自分を事あるごとに責めている。働けない自分が嫌いなのだ。
さらに、りなの落ち込む原因がもう一つある。姉だ。
姉のかれんはベストセラー作家だ。あるインタビューで、かれんは小さい頃泣き虫で、その涙がダイヤモンドになったと言っていた。それがりなを傷つけた。りなは泣いてもダイヤモンドになれない。せいぜい人の手を汚す木炭にしかならない。
りなは姉を憎んでいる。ベストセラー作家と、精神科デイケア通いの妹。どちらが優れているか、なんてすぐ分かる。姉に決まっている。
「はぁ」
りなはため息をつく。きっと、この感情は絶望だ。
姉がいなければ。姉が私より劣っていれば。また違ったのかもしれない。
でも現実はそう簡単に変わらない。この劣った体で、劣った精神で生きていかなければならない。
お姉ちゃん。お姉ちゃん。どうしてお姉ちゃんだけ成功しているの?
お姉ちゃん。私はあなたを、許さないよ。
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