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プロローグ
僕の名前は須藤 郁人この春、高校一年生になった。
僕の通う高校は市内でも有名な進学校だ。運動部はもちろん、文化部も多岐に渡ってたくさんの賞を獲っているいわゆる、エリート校である。
かくいう僕はというと、そんなご立派な学校に入れたのだ、何か一つくらい。たとえば、英語がネイティブ並みに話せるとか中学の時に野球で甲子園に行ったとか、そんな素敵なエピソードを持っているはずだった。
だが、残念なことに何一つ持っていない僕は、この学校で底辺の中の底辺だろう。
そもそもこの高校に入れたのは、完全にお情け。つまり、本命に落ち滑り止めにと受かった、しかもギリギリの点数でということである。
それでも僕には毎日、どれだけ教師やクラスメイトに見下されようともこの学校に来る楽しみがある。
「やば!今日もろく先輩に会っちゃった!」
「え、やば!いいなぁ。」
「今日も今日とて、眼福でした…。」
プリーツのスカートを綺麗に翻しながら彼女たちが言う「ろく先輩」とは、六田 白澄先輩。この高校の3年生だ。
彼女たちが眼福と言い切る理由は、彼の溢れ出る魅力のせいだ。
何を隠そう、僕もその魅力に当てられた一人であり、彼こそが僕が学校に来る唯一の理由なのである。
「おい、きよ!無視すんなよ!」
「ああー…青波、はよっす。」
「はよ。って今日もやる気ねーな?」
「…やる気はある。ただ、眠い。」
青波と呼ばれた彼は、貝塚 青波先輩。ろく先輩と同じく、3年生の先輩である。
通称「あお先輩」と呼ばれる彼は、ろく先輩の親友的ポジションだと僕は思っている。
ろく先輩の1日はいつも気怠い挨拶から始まる。
何故気怠いのかは遠くから眺めるだけの僕にはわからないが、あお先輩の言うようにやる気がないのは間違いない。
ただ、それすらも彼の持つ魅力の一部なのである。
天然パーマだという噂のくるくるに巻かれた色素の薄い髪、切長な瞳、高い鼻、たまに笑うと大きい口。
そしてすらっと上に伸びた身長。
神は彼にどれだけの才を与えたのだろうか。
毎朝毎朝、飽きもせずに校門を通る先輩を眺める、なんて幸せな瞬間だ。
ろく先輩が卒業するまであと一年。
どうか毎日、彼を見ることが崇めることができますように。
そう願いながら今日も彼以外意味を成さない学校に入る。
変わらない毎日が今日も明日もずっと訪れると思っていたんだ。
この日までは。
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