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夢の弁当交換会。
けれど人間、与えられた環境に慣れていくとはその通りだと思う。
最初、ろく先輩が一年B組の教室に現れた時はクラス中のみんなが驚き、響めいていた。
もちろん、渦中の僕自身も驚き、誰よりも固まっていた。
「フミくん、いる?」
そう投げかけられた言葉を理解できたのは、一体クラスの何人だったのだろう。
ぼっちの僕の下の名前が郁人であるだなんて、きっとこのクラスの誰もが知る必要のない情報なのだ。
「せ、先輩、こっち!」
「え?フミくーん、おーい」
大して戸惑いも感じられない声、けれども戸惑っている風な声で先輩を連れ出したのは、一年の僕が日頃からお世話になっている場所。
つまり、今現在も昼食を取っているここ、一階の非常階段入り口である。
あれからというもの、先輩が来るかもしれないというある種の恐れから、僕はあらかじめ集合場所を一階の非常階段入り口に決めている。
そもそもこの状況自体、理解が追いつかないのだが、こうなったら受け入れるしかない。
ある意味、諦めにも似た感情を抱え、僕は今日も母親の作ってくれた弁当に箸を延ばしていた。
今日は卵焼きだ。母親の作る卵焼きは、だし巻き風ながらほんのりとした甘味があり、僕の好物の一つでもある。
一口頬張り、味を噛み締める。やはり、ほんのりと甘味があり美味しい。
「…そんなにそれ、美味しい?」
「…え?なん、ですか?」
「その、卵焼き」
声に出ていたのだろうか。ふと、不安が過り瞬間、咀嚼すら忘れてフリーズしてしまう。
「随分、美味しそうに食べてたから」
恥ずかしいことこの上ない。穴があったら今すぐに逃げ込みたくなった。
高校生にもなって母親の料理を美味しそうに食べるなんて、恥ずかしすぎたのだ。
「ちょ、大丈夫?フミくん!」
全身を物凄い速度で駆け上がる羞恥のせいと、忘れていた咀嚼を一気に始めようとしたせいで盛大に咽せた僕を、先輩が心配する。
あの先輩に背中を撫でて貰えるなんて!
鏡を見なくてもわかる顔の熱さと予想外の事態に、僕の感情は訳のわからないことになっていた。
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