始まりの日も唐突に。

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「とにかく、座って。」 「でも…。」 「いいから。」 有無を言わさないとはこういうことだろう。 ろく先輩の覇気に僕はすごすごと立ち上がったばかりの席に腰を下ろした。 「で、他にはある?」 「他に…?」 「俺のいいとこ。まだ言える?」 唐突に聞かれ、戸惑っていた。まさかさっきの、随分と気を悪くしてしまったのだろうか。 俯いていた顔をそうっと上げてろく先輩を見る。 「えっと…まずは気怠くてもカッコいいです。」 「うん。」 「それと、実は優しくて、裏庭に生えた誰も知らない花に水をあげてました。」 「へぇ、それから?」 「それから、絡まれてた後輩をさり気なく助けてあげてました。」 「ふぅん、あとは?」 「あと…違う、かもしれないんですけど。」 「いいよ、言ってみて。」 「最後のチーズケーキが、美味しかったです。」 馬鹿にされているのかむしろ気持ち悪いを通り越してネタにでもされようとしているのか、と思った視線は思いの外、真剣で抗えないような圧力さえも感じ、僕は自然と一生口にはしないであろう事実を口にしていた。 しん、とまた沈黙が流れる。 今度こそ嫌われた。だって自分のことを見ず知らずの野郎に知られているなんて、いくら懐が広くても気持ち悪い。 誰にでも優しいろく先輩でも、こればかりは許容範囲外だろう。 「あ、の。ごめんなさい、僕、調子乗り過ぎたみたいで」 「なんで。なんで謝るの。」 泣きそうになりながらそう言うと、ろく先輩が謝罪を遮った。 「なんにも悪いこと、してないよ?だって俺、嬉しいし。」 「嬉しい…?」 「うん、嬉しい。ところで君、名前は?」 「郁人。須藤 郁人です。」 「郁人くんね。何年何組?」 「1年B組、です。」 「了解。俺は六田 白澄。3年B組。よろしくね?」 差し出された手を見つめていた。ろく先輩の全てを知ったつもりでいたはずだが、手がこんなにも美しいとは知らなかった。 まるで夢のような出来事に放心状態でいると、「握手とか無理な人?」と言いながらろく先輩が手を引っ込めようとした。 「いえ!全然!大歓迎です!こちらこそよろしくお願いします!」 「…うん、よろしく。ところでふみくんって、声デカいよね。」 手が冷たい人は心が暖かい説は、本当なのかもしれない。 握った手の冷たさにそう思い、夢のようなけれども現実に頬をつねりたくなる気持ちを必死で押し殺していた。
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