親なき子 ミレイユ、ミシェル

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親なき子 ミレイユ、ミシェル

「僕は、姉さんさえいてくれたら、それだけでいいんだ」 昔昔…って言っても、そこまで昔じゃないわね。まあ、10年くらい前ね。 ねぇミシェル、10年くらい前って、昔に入るのかしらね? 姉さん、真面目にやって。 はいはい。 今から約10年前、親に捨てられた可哀そうな双子の姉弟がいました。 名前はミレイユとミシェル。捨てられた理由は知りません。 孤児院の大人達が言うには、「”セイカツク”かもしれない」だそうです。 これは今のゴジセイ、さほど珍しい理由ではなく… じゃあだったら、なんで私達って産まれてきたのかしらね? 姉さん… あ、ゴメン。  物心ついたばかりの頃は、孤児院の生活も悪くないって思えたわ。 大抵のモノは何でも揃ってたから。まー正直、食事はサイテーだったけどね。 おもちゃの取り合いとか、おやつの奪い合いがあったよね。 まあ、ワタシは全部ボーリョクで解決してたけどね。 …僕の分まで姉さんが奪ってったの忘れてないからね… まあ!そんなこんなで幼少期はまあまあ楽しかったわ。 (今も十分幼少期だと思うよ姉さん)  ある程度順風満帆だった日々は唐突に終わりを告げたわ。 原因は、双子の姉弟の容姿?まあ、美しすぎたのかしらね? (どうかな…?) まあ、主な原因は、レジスタンスのリーダーの…名前、なんだっけ? 忘れた。けど、孤児院の大人達が言うには、私達となんか関係があったそうよ。 それからかな?大人達の態度が豹変してさ。 ごめんなさいって言っても、許してくれなくなったわよね。超ムカついてたわけだけど。 まあそこはオトナと子供ってやつで、あの時はどうしようもなかったね。姉さん… 「やるなら顔以外にしなさい」だっけ? 「手足も目立つからやめろ」も言ってたよ。 …ねえミシェル、いっそもうこのこと忘れない? そんな辛い日々をやり過ごしていた僕らに、”脱走”を決心させた決定的な出来事が起きた。 僕と姉さんが、どこか遠くの市場に売られるって話を、トイレから戻るときに聞いちゃったんだ。 姉さん!姉さん起きて! なによミシェル、まだ真夜中よ。あんた頭バカになっちゃったの? 僕、今さっき聞いちゃったんだ。僕と姉さんが、どこかに売られるって。 …噂でしか聞いたこと無かったけど、どこの孤児院でも、めぼしい子供をバイカイしてるって話… どこに行くのかな、僕たち… 知らないわよそんなの。でも、きっとロクなモンじゃないわね。さっさとここを出ましょう。 で、でも、 いい?アンタは私の言う事だけを聞いてればいいの。私が言うことに間違いは無いんだから。ね? …わかったよ姉さん。  僕たちが孤児院を出たその夜の月は、全然輝いてなかった。 曇りでも何でも無いのに、どうしてだろうね。 僕と姉さんは首をかしげながら、未知の世界へと歩き出した。 孤児院生活8年目にして初めての外。 柵の外側にはどんな世界が待っているんだろう。 僕たちは夢いっぱいの面持ちで、途中で夢中に走り出したんだ。 僕たちは、すぐに挫けた。  はいこれ、盗んできたパンと、腐りかけのリンゴね。 これもしかして、またゴミ箱から拾ってきたの? まあね。でもまだ食べられそうだし、別にいいじゃない。 (うわ、ネズミが齧った痕がある…) 孤児院の食事がクソって話、したかしら? したね。 アタシテイセー。この時がダントツでサイテーだったわ。 僕もそう思うよ姉さん。食べ物でお腹壊したの、この時が初めてだったしね。 しばらくは盗んだり拾ったりして色々しのいでたんだけど、まあ、無理よね。 ある日泥棒がバレて、姉さんがパン屋のおじさんに捕まった。 アンタ、助けに来たクセにすぐに捕まっちゃうんだもん。ホント頼りにならないんだから。 ごめん…でも、そこに助け舟を出してくれた、物好きな傭兵のおじさんが現れたんだ。  ん…おいそこの! ああいらっしゃい!何をお求めで? 散々探したんだぞー?このクソガキども! …お知り合いですか? 知り合いも何も、こいつら俺の倅だよ。 (え?どういう事?) (しっ!いいから話合わせときましょう) だったら話が早い。盗んだ商品の代金の建て替えと、それから… ああわかってる。ほれ。 傭兵は銀貨を5枚、テーブルへ軽くこっこっと落とす。 え…旦那、銀貨、5枚も…? 釣りはいらねぇ。ホレ!行くぞお前ら! はーいお父さん!(ほら、アンタも) (えぇ…わかったよ)はいトウサン!  よし、もういいだろう。 街の外まで歩いてから、傭兵のおじさんは振り向いて、僕たちに一つの提案をした。 改めてその顔を見ると、痛々しい傷がいっぱい付いてた。よく見たら、全身にも、いっぱい。 あれ、アタシたちここで殺されるんじゃないの?とか、一瞬思ったわね。 傭兵っていうか…ね…。少なくとも、正義の味方って感じじゃなくて、ちょっと、引いてたのかもしれない。 そんな双子たちの内心評判とは裏腹に、その傭兵の第一声は意外なものであった。 お前たちがどういう理由であんな目にあってたとか、そういうのはあえて訊かねえ。 でよ、お前ら、傭兵…やってみねえか? ((…は?)) どの道、僕たちに選択肢は無かった。 帰るべき場所も、親もいなかった僕たちが外で生きていくためには、今の時代を生き抜くためには、戦うしかない。 僕たちは、それが全てだと思っていた。  ____3年後  ミシェル、お前大したもんだな。その剣を扱うのは大の大人でも苦労するんだぜ? ミシェルが握っていた大剣は、自身の背丈を優に超えていた。 元々使用者が誰一人おらず、邪魔になるので廃棄される予定だった無用の長物。 当初は訓練用のつもりで振り回していたが、いつの間にか、それはミシェルの得物となっていた。 力だけで振り回すからダメなんだよね。剣の重さを利用すれば、僕にだって振れるよ、こんなの。 おーおー…ミレイユも、大分ソレが馴染んできたって感じだな。 ミレイユの短剣捌きは、常識では推し量れないほどの正確性に優れ、そして、あり得ない程素早かった。 彼女を素通りした生き物は、気づかぬうちに頸動脈を断たれている。一部、四肢がもがれているものもあった。 狩猟、それは彼らにとっては訓練の一環でしかなかった。そのはずだった。 双子の姉弟は、いつしか、生き物を殺すことに快感を覚えるようになっていった。 生命を奪うことで、自分達の存在がより大きなモノになるような、そんな感じがしていた。 自分達の手の中で、それらの生命が蠢き、そして、断つか断たざるかを一方的に選び取る愉悦、喜び、悦び。 まー大抵は”断つ”んだけどね。 その方が面白いしね、姉さん。  ___初めての戦場  双子を誘ったあの傭兵は、今更後悔していた。ああ、なんて恐ろしい双子なのだ。 彼らは、狩猟の時と同様に、人を殺せる。 いや、むしろ動物たちを殺している時よりもはるかに残虐で、容赦が無かった。 まるで、虫の手足をもぐかのように…  戦争って楽しいね!姉さん! 膝をつき、命乞いをする領民の首をはねながら、ミシェルはミレイユに投げかける。 ねー!今までのジンセイって、なんだったのかしらね? 馬乗りになり、既に死に絶えている衛兵の腹を刺し続けるミレイユ。 姉さん、それもう死んでるよ? あらら、通りで痛がらないわけね。つまんない。次行きましょうミシェル! そうだね、姉さん! 無差別すぎる… 傭兵達が受けていた依頼は、国家に対する反乱分子を探し出すことと、現場の兵士達と共に無実の領民達を特定の場所まで誘導すること。 元より、戦闘が目的ではない。いつだってそれは最悪の場合に限る。 ___ああもうじれったいなぁ。 ねえおじさん、僕たち人を殺しに来たんでしょ? 違う。それは「もしもこの場が収まりきらなかったら」の話であって ふーん…そうなんだ。 (ねえ姉さん。ハンランブンシってなにかな?) (えっと…殺しちゃってイイやつのことでしょ?) (探すの大変だと思わない?) (そりゃそうよ。どいつもこいつも腐ったイモみたいな顔しちゃってさ) (…みんな、殺っちゃわない?) (別にアタシはいいけど、アンタ、セキニン持ちなさいよね?) (えぇ僕が持つの?嫌だよ!姉さんがセキニン持ってよ!) (あーはいはいわかった。じゃあアタシがいったん持って、その後、アンタね) (え…それじゃ結局) あーもう、うるさい! ミレイユは、その辺にいた領民を反乱分子と断定し、殺し始めた。 もう、しょうがないな、姉さんは。 ミシェルも同様に、その場にいた領民、衛兵すらも無差別に殺し始める。 俺は、とんでもないヤツらを引き入れてしまったのか… 傷だらけの傭兵は、責任を感じていた。今までにない、重すぎる責任。 彼らを傭兵に誘うべきではなかった。何故俺は、あの時助けてしまったのだろう。 不憫に思うんじゃ、なかった…___  え!?おじさん? ちょっとちょっとぉ!敵と味方!間違えないでよね! 自重を乗せた、確かな殺意を込めた一撃のはずだ。 背後から一思いに殺すつもりだったが、双子は、野生のカンとでもいうのだろうか、ミレイユは躱し、ミシェルは余裕でそれを受け止めた。 …本当に、強くなったな、お前たち。 傷だらけの傭兵は、有り余る絶望と、本音からの嬉しさが両立した不思議な感情によって、自然と噴出していた。  正直、ガッカリよねガッカリ。 ほんとほんと、初めて姉さん(姉弟)以外で信頼できそうだなって思ってた矢先に殺されかけたんだもん。 そこじゃないでしょ。 え? ”雑魚”だったことよ。まー、私達が強くなり過ぎたのかしらね。 …そうだね、姉さん。 そっか、姉さんは、そういう風には思わないんだね。まあ、いいけど。  例の動乱にて「二人の子供が暴れ回っていた」という噂はたちまち広がったけど、結局、誰一人として信じなかった。 ま、オトナたちってバカだから、外見で「そんなはずない」とか思っちゃうのよね。 そんなこんなで、僕らは特に何ら追われる身になるわけでもなく、戦場を点々と渡り歩いていった。 お金がもらえて、しかもゴーホー的に人殺しができるなんて、天職よねテンショク。 でも、そんな自由な毎日もあっけなく終わりを迎えた。 あのお兄さんに、僕らは出会ったんだ。 ___死にたくないなら、戦争なんかすんなよな! おいお前たち!やめないか! 俺達は殺戮をしに来たわけではない!俺達は傭兵だ! それとも、お前たち、ただの人殺しか!? …どう違うの…? 戦いって、敵をぶっ殺すことだろう!? お兄さんどこ行くの?話聞かせてくれるって約束だろ? 勝手に行っちゃうなんて、ズルい!ズルい!ズルい! ズルいのは、傭兵のクセに好き勝手やってるお前たちの方だろう?___  ねぇお兄さん。 … (ちぇ、やっぱ無視か) 旅の理由、だろ? !?ついに聞かせてくれるの? やったわねミシェル! その代わり 「「?」」 もう、みだりに人を殺すのはやめろ。 …いy (ドスッ)肘鉄を腹に (ここは嘘でも「はい」って言いなさいよ。アンタ馬鹿なの?) わ、わかったよ。その時になったら、全部、お兄さんに従うから。 よし、いいだろう。 あれは、今から7年くらい前のことだ…  ウィルフレド、ヒューゴー、ミレイユ、ミシェル、 4人の運命は馬車に揺られながら、日の落ちる先へと向かっていく。 彼らが背負う咎を照らし出せるのは、もう夕闇しか残っていなかった。
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