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息子殺しの傭兵長 ヒューゴー
火の番は退屈だ。みんなが揃ってそう言う。
それが俺には不思議でならない。
何物にも代え難いこの暖かみ、同じ形をとることがない、常に変わりゆく火の造形、色、それら全てが、俺の今の鬱屈した感情を癒してくれる。
なあ、ウィルフレド。
ヒューゴーか、どうした?
いや、なんだ、その…あの双子は?
あぁ、アイツらは「夜食用の野鼠を狩る」とか言って、どっかへ行った。
そうか。まあ、魔物の気配も無いし、アイツらなら大丈夫だろう。
焚火を挟んでお互いに苦笑を浮かべる。無理もない。
殺伐とした戦場の真っ只中でも、あの双子はどこまでも自由だった。実力だけで言えば、俺達とさほど変わらない。
なのに、立ち振る舞いはやはり子供そのもの。
その違和感が、俺達の中に暗い影を落とす。
ウィルフレド、折り入って話しておきたいことがある。
…
これからお前が、俺達が辿ろうとしている道は、きっと険しい。それでいて、もう後戻りはできないだろう。だからこそ、親睦を深めるという意味でも…
やめてくれ。
なに?
今更、身の上話なんて聞きたくない。
ウィルフレドは既に知っていた。ヒューゴーの秘密。
同業者達が彼に同情し、そして、心から信頼しているからこそ、決して呼ばない二つ名があることを。
「息子殺しの傭兵長」
ウィルフレド、知っているんだな?
!?
俺が、何もわからないとでも思うのか?…思い出すよ、お前を見てると…俺の息子も、今のお前と同じぐらいの年頃だったかな。
…わかった。聞こう。いや、聞かせてくれ、ヒューゴー。
俺は、本当の事を知りたい。”あの噂”が本当なのかどうか。
ああ、ぜひ話させてくれ。
思い出すなあ、あの日の事。ちょうどこんな夜更けだった。
俺はあの日も兵士達を率いて、山の中腹の小屋で休息を取っていた。
…正規軍、だったんだろう?ヴィルノアの。
ああ。まあ、今となっては、そんなことどうでもいいだろう?
ヒューゴーの表情が険しくなった。どうやら、そこには触れて欲しくないみたいだった。
雨が降っていてな、視界も足場も悪いときて、進軍に支障をきたす。
明朝になっても雨が降っているなら、もうしばらく様子を見よう。
そんな話を、仲間達としていたのを覚えているよ。
____8年前
なんで俺達が国境沿いまで出向かなきゃいけないんすかねぇ、隊長~。
そうダレるな、遠征も悪い事ばかりではない。それにな、お前たちみたいな新人にゃ、こういう面倒な仕事は受けられるうちに受けておいた方が良い。
あ、隊長も”面倒な仕事”ってわかってるじゃないですか!?
ははは…
何故だか、今回の仕事は蹴れなかった。
俺だって今回の遠征の目的は知らされていない。目的不明の依頼など、断るのが筋。
しかし断ろうにも、勅令絡みであることをチラつかされ、挙句、この事実さえも「他言無用(話すな)」と念を押されている。
いったいどういうつもりなのか…
雨音だけがしんしんと降り積もる安寧の空間が、とある隊員の第一声によって瞬時に終わりを迎えた。
た、隊長!
よほど急いでいたのだろう。体当たりでドアを乱雑に開け、肩で息をする外の見張りをしていた隊員。
名はアーネスト、若いながら質実剛健の男。彼ほどの男が取り乱すということは、よほどのことがあったに違いない。
よって返す言葉は決まっている。
…敵襲か!?
はい!どうやら山頂から下ってきたようです!…どうも、我々がここに潜伏しているという情報が、筒抜けのようです…
なんだと!?…仮眠中の兵士どもを叩き起こせ!ありったけの気つけ薬と、それと、灯している火を全て消せ!
山中の野戦は、圧倒的に不利な状況から始まった。
まず、俺達の部隊は場所が完全に割れていたということ。
元々外に出払っていた連中はともかくとして、小屋側の兵士たちは迂闊に外に出ることができない。
だから、小屋の床に穴を空けて、そこから脱出を図った。
音を立てずに丸太をかち割るのは容易ではなかったが、それでも迅速に、かつ繊細にやった。
…俺達が本格的に絶望したのは、その後だった。
なんだ…あの数は…
捨て駒とも思える前衛小部隊だけでも、我々の残存勢力の2倍以上はある。
その上、戦場をナメ腐っているのか、部隊の指揮官らしき男の顔が見えた。
そんな、まさか
ヒューゴーが見間違えるはずがない。
見慣れた実の息子の顔、そのものなのだから。
クソっ…なんてことだ…
隊長…
ああ、わかってる。だが待て、”アイツ”は俺がやる…
しかし
何も言うな。どの道、大将狙いをするしか俺達に活路は無い。
それに、実力で言っても、今アイツを取れるのは俺しかいないだろう。だから…
俺達は短い合図の後、左右から飛び出して敵の背陣を突く捨て身の作戦に出た。
外の連中とは惜しくも何らやりとりはできなかったが、俺達の出方を見てすぐに何をするのか見当がついたのか、俺の思うように動いてくれた。
攪乱は間違いなく成功した。そうだ。成功したんだ…
おっ、親父!?
俺は本気で殺す気で、息子の頭上にハルバードを叩き下ろした。
息子だって、ただ死にに来たわけじゃない。決死の覚悟でそれを受け止める。
ほう、お前も俺と同じ得物を持つようになったか…皮肉なものだ…
親父ぃ!なんでアンタがここにいるんだよ!?
…俺が聞きたいよ。
俺の不意打ちに完全に対応できたのは凄いことだって、なんであの時、褒めてやらなかったんだろうな…
お”や”…じ…
頼む、そんな目で見ないでくれ…
気が付けば、もう俺の部隊は半壊どころじゃなかった。
それでも、よくやった。数で押されていたはずが、ほとんど、向こうも壊滅状態だったんだからな…
…ああそうだ。俺がさっさととどめを刺すなりして、早々に決着をつけるべきだったんだろう。わかってたさ。
でもな、こいつぁ、俺の息子なんだよ。たった一人の、あいつの、妻の忘れ形見なんだ…
「だから、傭兵なんてやめとけって言ったろう…」
俺は息子に、あいつが傭兵の道を歩む前に言ったんだ。
もしも、何らかの理由で俺達が戦場で邂逅しても、それは何ら不思議なことじゃない。
傭兵(誰かに使われる)とは、そういうものだ。
「今一度聞く。俺と、今、殺し合う覚悟があるか?」
「あぁ?何ヌルいこと聞いてんだよ?アンタ俺の事心配してんのか?」
「…」
「そんなワケないよなぁ?今更親父ヅラすんの、やめろよな」
「…してるさ」
「あ?」
「お前は、俺の息子だ。それ以上の理由がいるのか?」
「だったらさぁ、もっと親らしいこと、しとくべきだったんじゃね?」
その通りだったな…
…生前、俺の父が話してくれた。傭兵を用いたヴィルノアとアルトリアの小競り合いが、ある日を境にバッタリと終息した。
その出来事の裏には、アンタと、アンタの息子がいたってこと…
…っ、ハハハハハ!
!?
…ふー、落ち着け、別に気が狂ったわけじゃないさ。なんかな、吹っ切れたよ、何もかも。
…?
ところで、お前はまだ復讐を諦めないのか?
話が繋がらないぞ。
わからないのか?
?
俺はな、ウィルフレド。かつて、国に復讐を誓ったんだ。
…
多くを恨んださ。他人(ひと)を、国を。
戦いの裏には、いつだって、国と国の間の策謀が張り巡らされてる。
人間と人間の、目には見えない邪悪な感情が、糸のように絡み合っている。
何もかもぶっ壊して、真っさらにしてやろうってな。
だがそれでも、アンタは傭兵(こまづかい)を続けてるじゃないか。
そういうことだ。ウィルフレド、お前も、そのうちわかる日が来るさ。
ウィルフレドは、多分、俺と同じだ。やり場のない怨恨を晴らすために、旅を続けているのだろう。
だからこそ、それを止める権利は俺には無い。俺もかつてそうだったから。
…本当にそれだけなのか?ウィルフレドに対する感情は…
…ようやくわかった気がする。俺は”親らしいこと”を、したいんだな…
全く情けなく思う。自らの手で殺した息子と、お前を重ねてしまっている自分に…
「あの方、どうやら、自分に相応しい死に場所を求めているようですね」
エーリスが言っていたことは、これか。
復讐を諦めて、せめて息子と同じように、戦って死ぬ。それを望んでいるというのか、アンタは。
だとしたら、俺はそんな、生きながらにして死んでいるかのような、そんな生き方は御免だ。
…そんな日は、来なくていい。
夜の闇は朝焼けの空に溶け出し、鳥達がそれを知らせる。
日は今日もまた昇る。
地上の戦人達がどれだけの命を散らしたとしても、夜の闇は、いつか明けなくてはいけない。
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