第1章 サディスティック

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 ※ ※ ※  トントン。 「おう......麗羅か。待ちかねたぞ。入れ!」 「失礼致します」  キー......バタン。  若草仄かに香る琉球畳。そして、その上に並べられた漆塗りの膳は全部で8つ。中心の1つを除いて残りの7つの膳には、チビ、デブ、バーコード、1・9分け、干し柿......そんな納棺間近な翁衆が、既に真っ赤な顔を披露し、担当中居の尻を撫でていた。  セクハラ、パワハラ、モラハラ......そんな言葉が一切存在しないこの座敷は、正に治外法権。金と権限を持った者が万人を支配する王制国家の縮図と言えよう。  それまでは、何のまとまりも無く、ただ飲んで騒ぐだけの『唄の会』が、その者の到来を機に、一気に静まりを見せる。  そんな14個の目から嫌らしき視線を浴びせ掛けられた麗羅は、即座に三つ指を立て、額を畳に擦り付けた。鎮痛な表情を浮かべた麗羅は、目の前に畳の表面を拝みながら、冒頭、口を開く。 「この度は、加賀の仕出かした不始末、伏してお詫び申し上げまする。本来であれば、加賀本人がこの場に馳せ参じ『華政会』の重臣たる皆様に頭を下げるべきところではござりまするが、生憎、持病が悪化するに至り、役者不足なのは承知の上で、妻たる私が謹んで代役を買って出た次第にござりまする。  とは言え、何分にも加賀はこれまで、ただただ『華政会』の繁栄のみを願い、正道一本、会に尽くして来た功労者......その事に関しては、ここにお集まりの皆様が、既に十分認めておられること。  どうか御仏の心を賜り、寛容なるご処分を承れるのならば、今は病に伏している加賀も必ずや再起を果たし、犯した不始末を帳消しにするだけの働きを見せる事と確信しておりまする。この度は、大変なご迷惑をお掛けするに至り、伏して、伏してお詫び申し上げる次第でございます」 再び、血が滲まんばかりに、額を畳に擦り付ける麗羅。しかし、既に卑しき煩悩の塊と化した野獣達からしてみれば、そんな麗羅の全身全霊を尽くした『お詫びの言葉』など、どうでもいい話だった。 『華政会』第7代目会長、山吹五夫(やまぶきいつお)は、既に顔もおでこも脳天の満月も全て真っ赤。大層、ご機嫌な様子だ。麗羅の到来に気付いた瞬間、膝の上に座らせていたコンパニオンを、明後日の方角に鞠の如く突き飛ばしていた。  10万円/時間。派手に着飾った美人コンパニオンが束で掛かってても、麗羅を前にしてしまうと、それまでのカラー映像がモノクロームに変化してしまう。それ程までに、麗羅が全身から放つフェロモンは、強烈な破壊力を持ち合わせており、そんなフェロモンを吸引した男達は、必ずと言っていい程、理性と言う名の防波堤が崩壊していく。  突然垂れ落ちそうになる各々の瞼は、酒に酔っているからなのか? それとも、麗羅の美貌に酔いしれているのか? その答えは、きっと後者であったに違いない。  一方、仕事とは言え、時間10万円のコンパニオンともなれば、プライドと言う厄介な産物を各々が持ち合わせていた。  何なのこの女?!  偉そうに!  嫉妬心と言う想定外な荒波が、別の次元で会場内を飲み込んでいく。  やがて7代目会長山吹が、歯に挟まった鯛の骨を爪楊枝でほじくり出しながら、満を持してお言葉を述べ始めた。 「あいや、麗羅殿。そんな堅苦しい社交辞令は無用じや。あんたが言わんとも、加賀殿が誠実なのはこのわしが一番よく分かっとる。魔が差すって事は誰でもある事じゃね」  眼鏡はずり落ち、大層高そうな縦縞スーツは、見事なまでに乱れ落ちている。そんな60代のおっさんが、ニタニタ笑いながら言葉を発すれば、それは正にオカルトの世界。気色悪い事この上も無かった。 「それは御構い無し......そう捉えても宜しいのですね」  そんなオカルト親父に笑顔を披露する程、麗羅は安くは無い。鋭い視線と言う刃を、返礼品として返してみた。 「おお、そう言う事じゃ。武士に二言は無い。安心するがいい」  山吹は、チラチラと7人の衆の顔を見ながら、ここに無罪を宣告する。  まさか、何も無しで無罪放免? そんな事、あり得る訳が無い......  山吹を含めた7人は、やたらとソワソワしている。この座敷に入った直後とは、明らかに空気が違っていた。  何か有る......そう予感せずにはいられない。麗羅は密閉された会場内の変化しつつある風向きに、早くも『caution』を発していたのである。  すでに山吹会長から、無罪の判決が降りたのだ......ここは野獣共に考える間を与えず、あっさりと退散する事が得策。素早くそんな判断を下す麗羅だった。 「忝うございます。直ぐにでも、その吉報を加賀に伝えとうございます。それではこれにて御免」  麗羅は返礼が終わるか終わらないかのうちに、膝を上げていた。そして素早く障子に手を掛けると、 ............ ............ ............  残念なことに、障子は、開かなかった。    !!!   もう一度、そしてもう一度......何度障子に力を込めたところで、やはり結果は『閉』。麗羅の細くて白い指を痺れさせるだけのこと。どうやら、そんな麗羅の電光石火的行動は、奇しくも見破られていたようだ。残念な事ではあるのだが......
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