第2章 マリモ

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「凄い崖......」  初めて肉眼で見る『ひょうたん島』、マリモが発した第一声はそれだった。見たところ、20メートルはあろう高い崖が島全体を覆っているかのように見える。 「金次郎さん、崖しか見えないけど......ほんとに港なんて有るの?」 「ちっちゃな港だがな......北側に有るんじゃよ。死角になってるから、ここからは見えんがのう」 「そうなんだ......」  正直、東シナ海の孤島と聞いていて『南国の楽園』......そんなイメージを持っていたマリモ。ところがいざ実際に来てみると、そんなイメージはあっさりと覆される。『アルカトラズ刑務所』......それは正に、それそのものと言えた。 (※アルカトラズ刑務所......それはかつて「世界で最も脱獄の難しい刑務所」といわれていたサンフランシスコ湾の真ん中に浮かぶアルカトラズ島の刑務所を指す)  マリモがそんな刑務所をイメージした所以は、何も崖に囲まれた地形を見たからだけでは無い。島全体を覆い尽くす邪悪なオーラ......何となくではあるが、その島からそんなものも感じ取っていた事も事実だった。まぁ、オカルト的な発想で、決して根拠のある話では無いのだが......  やがて『ひょうたん島』の崖を左手に見ながら、漁船は、白い波を立ち上げ大きく迂回していく。 「こんな崖の近くを航行して大丈夫なの?」  漁船は崖からほんの2~3メートル。何故だかそんな際どい所を航行していた。マリモに限らず、誰もがそんな不安を抱くに違いない。 「こう見えても、島の周りはやたらと水深が深いんじゃ。そうかと思えば、ちょっと離れた場所でも突然岩が迫り出してたりもする。この島への航行は、この海域を知り尽くした者でなけりゃ、すぐに船は沈没してしまうぞ。潮の流れも速いしな」  気付けば金次郎は、鼻唄の披露を止めている。唇を噛み締め、真面目な顔して舵を握っていた。彼の言に偽りは無いようだ。  崖しか見えないこんな場所で、座礁されたらたまったもんじゃ無い......マリモは質問を止め、大人しく甲板に尻を落とした。体育座りだ。何故だかこの体勢が一番落ち着く。 「さぁ、もう着くぞ。そこの岬を曲がれば直ぐに港だ」  ガガガガガ......漁船は軋み音を立ち上げながら、最後の急カーブを曲がっていく。そして、その先に見えたもの......それは金次郎の言葉通り港だったのである。  ゴゴゴゴゴ......何事も無く、無事港に辿り着いた金次郎の漁船。無事に辿り着くのは当たり前の話だが、航海に慣れていないマリモにとっては、やっと胸を撫で下ろせた瞬間でもあった。  フゥッ......一つ大きくため息をつくと、「よっこらしょっと......」薄ピンク色のキャリーバッグを抱きかかえ、若者らしく船から岸壁へとジャンプ! 時間を掛けて、船の揺れに漸く脳が慣れたところ。揺れない地面に着地した途端、それはそれで脳が再び揺れ始める。 「金次郎さん、有難う。お陰で『ひょうたん島』にやって来れました。おっとっと......」  酔っ払いスタイルでちょこんと頭を下げるマリモ。海に落ちなかっただけでも救いだ。 「また10日後に迎えに来るからのう。日差しが強い所じゃ。その頃にはその白っちゃけた肌も、真っ黒になってるんじゃ無いか? まぁ、頑張るこった。それじゃのう!」 「有難う。それじゃあ、また10日後にね!」  心無しか寂し気な表情で手を振る金次郎。いい年して、素直で明るいマリモに恋してしまったのかも......まぁ、分からないでも無いのだが......  やがて金次郎はエンジンに火を灯し、『ひょうたん島』の小さな港を後にしていく。そんな金次郎と、10日後の再開を約束したマリモも手を振って送り出した。  福江島からこの『ひょうたん島』までの2時間にも満たない金次郎との交わりではあったが、この見知らぬ土地に一人取り残されてしまうと、妙に心細くなって仕方が無い。  何だか急に東京帰りたくなって来た......そんな事今更思ったところで、来てしまった以上、今更後戻りは出来ない。  さぁ、頑張るっぺ......無理矢理、ネガティブ思考をポジティブ思考に変換させていくマリモだった。 「よしっ!」  気合い一言、改めて大きな目をキョロキョロ。周囲を見渡してみた。  何だか疲れた港だなぁ......一応、船とまってるけど、ボロボロじゃん。よく海に浮いてるもんだ。とにかく廃墟感満載、寂し過ぎるよ。  寂しいのは、何も港だけに限った話では無かった。荒れ果てた小屋、壊れた自動販売機、真っ赤に錆び付いた自転車......とにかく、人が住んでいる気配は皆無と言っても良い。   辺り一面に雑草が生い茂り、ツル草が廃墟と化したボロ小屋を覆い尽くしている。こんな島に人が本当に住んでるの? ここを訪れた者なら、誰しもがきっとそんな疑問を抱くことだろう。  カァ、カァ、カァッ! 『動』を伴うものと言ったら、傾いた電柱で警戒心を露わにするカラスくらいのものだった。そんなカラスでも、居てくれてるだけで多少は心が和む。  そんカラス達の注目を集める中、今度は少し離れた景色に目を向けてみた。すると...... 「おやっ?!」  マリモの目は、山側に50メートル程離れた倉庫のような建物に釘付けとなる。  あれって......もしかして、人?
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