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2.【買い出し】その1
アスファルトは熱気を吐き出し、サイドミラーに映る景色を歪ませる。異常な猛暑が世間を騒がせ、報道機関はこぞって熱中症への注意を呼び掛けていた。彼女と出会ったのは、そんな暑い夏の日だった。
その日、俺は車を走らせていた。休暇を利用して溜め込んだ用事を片付けるためだ。車内の冷房は想定外の暑さに悪戦苦闘しているようで、吐き出す風は熱風そのもの。額から滲み出た汗は頬を伝い、ハンドルを握る腕に流れ落ちる。用事を終える頃には、Tシャツは汗を含み不快さを感じるほどになっていた。
一息入れようと自販機を探すが、すぐに思い直し帰途を急ぐことにした。それよりもシャワーを浴びて、冷たいビールで喉を潤そうと考えたからだ。この判断はすぐに後悔へと変わることになるのだが、この時は気持ちにまだ余裕があった。
急いでいる時に限って信号機に阻まれるものだ。一体どういう想定のもとで時間設定されているのだろう。車は思うように進まない反面、汗は高速道路を走行しているように猛スピードで流れ落ちていく。鼻の頭に流れる汗を拭うと、テレビニュースで観た熱中症への警告が頭をよぎった。
人間の身体は体重の約60パーセントが水分で形成されているらしく、過度な発汗により水分を失うことは謂わば死活問題なのだとか。
腹を空かせた肉食動物が、自身より獰猛な獣に獲物を横取りされそうになり、牙を剥き出し威嚇するよう、俺は舌打ちしながら赤色点灯を睨みつけた。
とは言うものの、相手は信号機だ。素知らぬ顔で赤色に点灯したままの信号灯から視線を外し、瞬きしながら溜息を吐き出した。
その時だ、緑色のロゴが視界をかすめたのは。最近設置された事をアピールするように、白銀色に輝く看板がそこにあった。その店は俺も知っている、先月オープンしたばかりで近所での評判は上々だ。なかなか訪れる機会が無かったが、気にはなっていた。
限界を迎えようとしている思考に余力は残されていない。信号が青色に変わると同時に看板の案内する方へ、汗で滑り気味のハンドルを回した。
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