3.【買い出し】その2

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3.【買い出し】その2

評判通り、店は大変賑わっていた。女性客が大半を占めているのは、装飾の雰囲気がお洒落だからだろう。よく効いた冷房が火照った身体に爽快感を与え、体温はすぐに落ち着いた。 目的を達成する頃には、むしろ肌寒さを感じるほどになり、腕を(さす)りながらレジへと急いだ。 通路スペースは広めに取られており、ゆったりとしている。レジでは先客が支払いをしていたので、少し間隔を空けて待つことにした。その間にも客は入れ替わり立ち替わりし、大変繁盛している。 しばらく待つと順番はすぐに巡り、レジへと歩みを進めた。 「いらっしゃいませ、お待たせ致しました」 少し低めで落ち着きのある声、紺色のエプロンを着けた細身の女性がお辞儀をしていた。その姿を見た瞬間、全身を衝撃が駆け抜けた。 エプロンに散りばめられた朱色のトマトに両手を重ね、深々と上体を傾けている姿は、(さなが)ら、訪れる人を心から慈しむ精神、古来より受け継がれている日本人の作法、いわゆる《おもてなしの心》だ。 『美しい』 俺は一瞬で見惚れ、深く意識を奪われた。ほんの数秒だったのだろうが、永遠に感じられるほど魅入った。 ゆっくりと起こす身体の動きに意識を戻され、顔を上げた女性と目が合う。その瞬間、先程とはまた違う衝撃が全身を駆け巡った。 20代後半から30代前半くらいだろうか、長い髪は後ろで束ねられ、髪飾りで上品に装飾されている。(うっす)らと化粧をしているが、本来は化粧など必要としない整った顔立ちだ。口元にある小さなホクロが確認できるほど、透き通る色白肌。 澄んだ瞳に煽られた鼓動が胸を締め付け、喉を鷲掴みされているように息苦しい。しかし何故か苦痛は無く、どこか心地良い。瞬きするのも忘れるほど、視線を逸らすことが出来なかった。 俺の心を見透かしているように、頬にかかる髪を掻き上げて笑みを浮かべた女性は、俺の視線から逃れるようにレジスターを操作し始めた。その横顔を見ていると胸の高鳴りは激しさを増していった。 「ありがとうございます」 ふと気が付くと会計は済んでいた。女性は軽く会釈をすると身体を捻り、次の客の対応にあたった。出口へ向かって歩みを進めながら考えていた事は、女性の姿が見えなくなる頃ようやく確信に変わる。異性として魅力を感じたのは紛れもない事だが、それ以外の言葉では言い表せない、何か運命的なものを彼女に感じていた。
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