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5.【買い出し】その4
いっそのこと思いを伝えてしまおうかとも思ったが、即座に払拭する。焦ってはいけない、時はまだ熟していないのだから。
『フッフッフッ』
不気味な声は不敵な笑いを響かせる。
正直、焦っていた。どう切り返そうか、焦れば焦るほど良い案は思い付かない。しかし考えようによって、これは絶好のチャンスでもある。笑い声を無視するように、深呼吸してから彼女に近づいた。
「こんばんは。今日はレジの担当ではないんですね」
気まずさを掻き消すため、声のトーンを上げて話し掛けた。
「、、、あっ、は、はい」
一瞬の間があり、まだ戸惑いの残る顔にぎこちない笑みを浮かべて彼女は答えた。
彼女が言い終わるのを待って、何事もなかったかのように続ける。
「今日は空いてますね。時間が遅いからかな?」
「夕方は賑わってたんですよ」
幾分落ち着きを取り戻したようで、彼女の表情は柔らかくなっていた。
話を聞けば、レジだけではなく調理場も担当しているらしく、「忙しくて休憩を取り損ねた」と笑った。
「大変でしたね。ちなみに今日のオススメは何ですか?」
「えっ?、、、あっ、えっと、、、手ごねハンバーグと粗挽きソーセージです。手ごねハンバーグはすぐ売り切れになったんですよ」
「挽肉料理が好きなので、私のイチオシです」と付け加え、嬉しそうに答えた。
「わあ、残念だなあ。僕も挽肉料理は好きなので、今度頂こうかな」
「は、はい。ぜひ召し上がって下さい」
まだまだ話したい気持ちはあったが、あまり仕事の手を止めさせても申し訳ない。
「おっと、もうこんな時間だ」
腕時計に目をやり、予定がある素振りを見せて話を切り上げる。
「またのお越しを、お待ちしております」
「ありがとう」
帰宅の途中、何とか体裁を取ることができ、安堵の溜息を漏らしていると、またもや心の奥底に潜む野獣が姿を現した。
『上手くやったじゃないか、上出来だ。フッフッフッ、お前の大好物、彼女はMだよ』
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