残酷に競う薔薇は馨しく

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 せめて、彼女との関係だけでも綺麗に纏めたくて、知人から友人へと少しずつ親交を深めるつもりだった。  それなのに―――、彼女と話をする内、あまりに純真な人柄に惹かれてしまった。  危うい程に無垢な心に、他の誰にも盗られたくないと欲が出てしまった。  若さから来る初心さ故に、彼女を己に溺れさせるのは容易だった。  大貴族ヴェルファイアスを相手に横恋慕しようなどと不埒な考えを起こす者はおらず、唯一、見目麗しい亡国の騎士フォルクス・ポルシェンテには警戒したが、有り難くも彼は従者としての身の程を弁えていた。  婚約を間近に控えた今、無能な息子として己を軽蔑していた父の目は様変わりした。  見向きもしなかった門下達からも大きな獲物(クロスオルベ)を射止めたとして一目を置かれるようになり、社交界も明らかに己を無視出来なくなった。  利己的なのは解っている。  持てる権力を振り翳し、彼女の恋心を利用して―――…、それでもこの国の貴族として生き残るには、これが最適解なのだ。  特権階級の中でも一際の影響力を有し、誰もが己を無視する事が出来ぬようになる事―――、それがヴェルファイアスの名前以外、何も突出した力を持たない己が、婚約者であるカルディナを守る事に繋がると信じていた。  ――他の力を持たないノアンには、それ以外の道を選択する方法はなかった。  分からなかった。 「ノアン、やっぱりあんたはカルディナさんには相応しくない…!自分が没落させた加害者(ヴェルファイアス)だから?笑わせる。あんたは懺悔している振りをしているだけ…!本当に彼女の父君に申し訳ないと思ってるなら、こんな所で油売ってる場合じゃないでしょ⁉」  姉ミラは尚も叱責を繰り返す。  正直うんざりだった。  女優だった母譲りの美貌と血筋の縁故でアルファルド王子に気に入られ、実子唯一の女児として父に一際可愛がられる姉とは正直、幼少期から馬が合わなかった。  何をしても秀才な上の兄達と比べられ、両親から褒められた事など殆ど無いノアンにとって、王族との結婚という実に単純な方法で一族に認められる彼女が大嫌いだった。 「…警告はしたわよ?」  深い溜め息と共に、ミラは話にならないからとっとと出て行けと言わんばかりにドアを開く。  ノアン自身、姉との会話は苦痛でしか無かった。  お望み通りにと退出し、腹癒せとばかりに咥えていた煙草を花瓶に生けられていた暗色の薔薇へと押し当てた。
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