残酷に競う薔薇は馨しく

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残酷に競う薔薇は馨しく

 王城のメインホールにて、煌びやかなシャンデリアに照らされ、紳士淑女がグラスを手に語らう。  その華やかさとは打って変わって、集う彼等は微笑みの下に刃を隠し、持ち得る情報と腹の底を探り合う。  お伽噺なら少女達の憧れ。  貴族の令息ならば、いつかその場に立つことを夢見て、その現実に絶望する。  それが社交界という戦場である。 「それは興味深い…!でしたら是非、クロスオルベ侯爵と共に我が農場の視察にいらしてみては?」 「何と!宜しいのですかっ?」 「勿論です。英雄とその婚約者(フィアンセ)に来て頂けるとあれば、こちらも鼻が高い…!」  グラスに揺れる琥珀に酔い痴れ、こちらの話術()に掛かった獲物が商売話()に食いつく。  握手で約束を取り付ければ、最早その首は獲ったようなもの―――。  こちらの腹を見せぬよう笑顔で別れ、大きな収穫にしめしめとグラスを呷った。 (今日の収穫は中々だな…)  酔い冷ましに人気の無いテラスに出て、咥え煙草を蒸しながら、今ほど話を付けた接待の予約を忘れぬようジャケットの裏に入れた携帯手帳にメモを書き足す。  以前は碌に持ち歩きもしなかった煙草だが、家の繋がりで上官の補佐を言い渡されて勤めが王都に変わり、それと同時に激増した社交界での付き合いで吸うようになってから癖になってしまった。  婚約目前の恋人カルディナ・クロスオルベ侯爵との結婚前には止めるつもりだが、地固めに奔走せねばならない今は有り難い息抜きである。 「すっかり、重鎮気取りね。ノアン…」  冷ややかな声に顔を上げてみれば、この国の王太子妃にして随分前に家を出た姉ミラが不機嫌そうに腕を組んでいた。 「姉上、お久しぶりです」  煙草を消し潰して然りげ無く、飾り付けてあった花瓶の中へと吸い殻を隠し入れる。  落とさぬようにと携帯手帳を仕舞い込んだ。 「ちょっと良いかしら?」  怪訝な表情で彼女は付いて来いと首で指図。  何をそんな怒っているのかと半笑いで首を捻りつつ、踵を返した姉の後ろに続いた。
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