残酷に競う薔薇は馨しく

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「私はこの社交界という戦場(フィールド)で剣を振るっているのです。帝国が崩壊して戦争が終われば、英雄は只の人になる…。私は未来の彼女の居場所を確保しているのです」 「彼女がそれを望んでいるとでも?」 「望むか望まないかではありません。侯爵である限り、彼女は社交界で戦い続けなければなりません。初代デリカナ女王がそうであったように、英雄の夫は社交界で顔が利いた方が得なのです」  姉の周りをゆっくりと回りながら、ノアンは言葉を返した。 「彼女は故郷の島に戻りたがってるわ。英雄ではなく、一人の女性として技術者(エンジニア)になる事を望んでいる…」 「生憎ですが世間はそれを許しません」 「世間が許さないなら貴方が守らなくてどうするのよ⁉」  湧き上がる怒りにミラは声を荒らげた。  夫婦となるなら―――、互いの人生を支え合う伴侶となるならば、それではいけない。  望まずして軍人となり、命を賭けて戦いながらもエンジニアとして夢を追い駆ける彼女の事を第一に考えるならば―――…。 「分かっていないのは貴女の方ですよ、姉上…。この国ではどんな職業でも、上の立場になれば社交界は無視出来ません。それが上級貴族とあっては尚更です。言うて、貴女が王太子妃になれたのも自由に仕事を出来たのも、全てはヴェルファイアスと言う特権階級の血筋であったからです」  冷たく言い放ち、怒れる姉の姿をノアンは鼻で笑った。  カローラス王国の国民なら初代国王であるデリカナ女王の夫君が、彼等の先祖であったことを知らない者は居ない。  ヴェルファイアス侯爵家は建国以来、その兼ね合いから代々王国の執政を司り、国の中枢を担ってきた。  しかし同時に―――、ヴェルファイアス家の者達、特にノアン達直系男児は成人と同時に自身等の先祖がクロスオルベ侯爵家を貶めた大罪を背負っている事を密かに知らされてきた。  それは代々特権階級に君臨する自身等が、驕り高ぶらないように―――、歴史上の沢山の犠牲の上で、自分達が今の権力を得ている事を戒める為に語られて来た一族の恥部だった。  だからこそ―――。 「私は彼女の父親に…ラントさんに守ると誓ったんです。クロスオルベを没落させた筆頭加害者(ヴェルファイアス)の子息として…、彼女も、彼女の故郷の島も守ると…」  テーブル上の灰皿を寄せ、ノアンは物思いに煙草の箱を手に取る。  慣れた手付きで火を点し、立ち上る煙を眺めるその瞳に影を落とした。
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