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再出発
そこは不思議な場所だった。
暑くも寒くもなく、風もなければ日の暖かさも無い。
只々真っ白な空間。
そこにポツンと佇む自分は何故か、下着も何も着ていなくて素っ裸。
唯一、首元に無骨な認識証の鎖に通した星の欠片の結晶が揺れていて、その輝きがキラキラと瞬いていた。
「カルディナさん」
不意に掛けられた穏やかな声に、長い銅の髪を揺らす。
振り返ったそこには、何処となく自分に似た白髪の綺麗な女性が佇んでいた。
故郷の島の伝統衣装に身を包み、深い碧の瞳が印象的だった。
「……もしかして、シャンティス夫人?」
小首を傾げて訊ねてみれば、女性はコクリと頷いた。
彼女は徐ろに歩み寄り、きょとんとするカルディナの手を取った。
「ありがとう、全ての因縁を断ち切ってくれて…。お陰で皆の所に安心して旅立てます」
感謝を述べて、シャンティス夫人は戸惑う頬を撫でる。
とても温かい掌だった。
「さあ、貴女を待っている人が沢山います。貴女の身に降り掛かった災いは私達が貰っていくわ…」
そう告げられた瞬間だった。
その背後に先祖ヴィクター・クロスオルベ侯爵やその息子達、更にはかつて出会い天へと旅立った、スペンシア少将やイーシス王女、セリカ皇女の姿が次々に浮かび上がる。
彼等は空間の上から差し込んだオーロラのような七色の光に導かれて昇っていき、同時にカルディナの体からは黒い靄がスルスルと抜けていった。
「…出口はそっちよ。貴女に一際の幸せがあらん事を…」
光に導かれるシャンティス夫人はそう言い残し、皆で天へと昇りながら後ろを指差す。
振り返ったそこには大きな扉があって、僅かに開いた隙間から自身の声を必死に呼ぶ声が聞こえた。
―――行かなければ。
自然と踏み出した爪先は、駆け足で扉を押し開けた。
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