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なりたい自分に近づく一歩
ピンポーン。インターフォンが室内に響く。
詩織は急いでモニターをのぞき込んで応答した。
「はーい」
『シロクマ宅配のお届け物です!』
まだまだ残暑も厳しいなか、配達員の威勢のいい声が鼓膜を打つ。
玄関に届けられたのは中サイズの段ボール箱だった。
「あっ、伯父さんからだ!」
送り状の依頼主の欄には、伯父・丸山弘司の名前が書かれていた。いそいそとリビングテーブルへ運ぶと、タブレットで新聞を読んでいた佳人も中をのぞき込んでくる。
「伯父さんからですか?」
軽井沢から戻ったあと、伯父とは小まめに連絡を取り合うようになった。伯母が言ったとおり、弘司は佳人を気に入ったらしい。
「何が入っているのかな?」
「律儀な人だから、結婚祝いを送ってきてくれたんじゃないですか」
彼の言うとおり、箱を開けると祝儀袋が目に飛び込んできた。
詩織が逆プロポーズをした晩、佳人の行動は早かった。
白紙だった婚姻届に必要事項を記入し、翌日には区役所に提出してしまったのだ。
二人以上の証人が必要なので、詩織は提出まで一週間くらいと見込んでいたのだが……佳人は翌朝、迎えに来た国木田とマンションのコンシェルジュ に署名を頼んだ。
出勤まえに提出できると言ってのけた佳人の笑顔を思い出す。
書類は無事に受理され、詩織はあっという間に淀川詩織になっていた。
軽井沢の伯父に入籍の報告をすると、最初は子供ができたのかと心配された。だが、佳人がけじめをつけたいから……と説明すると心から祝福してくれたのだ。
それに、詩織の両親についても話してくれた。事故で二人が亡くなったとき、父親の戸籍を見て目的あっての養子縁組をしたことにも気づいたのだと。何も知らないはずの詩織が若宮興産で働くと知って伯父は驚いたそうだ。
同封された手紙には「結婚おめでとう! お父さんとお母さんの分まで幸せになれ」と書かれていた。
「佳人さんにもよろしくって書いてあります」
「うれしいなぁ……おっ、野沢菜漬けも入っていますね」
伯母特製の野沢菜漬や干し柿も入っている。
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