心の扉

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「最初は詩織さんの伯父さんにご挨拶するのが目的でしたけど、お互いのお墓参りもできたしこうしてホテルの食事だってできましたから……あとはロマンチックな天体観測ですね」  軽井沢で星空を眺める時間が欲しいと言ったのは詩織だ。星空の絶景スポットもあるが、それゆえに人気で静かに星空観賞という気分ではないのが実情だ。 「うちの別荘の二階で星を眺めるなんてどうですか?」 「佳人さんの別荘で?」 「天気がよければ二階のバルコニーから結構見えますよ」  バルコニー。軽井沢に滞在中、星空を見たいと言っておきながら窓からちらっと見ただけだ。部屋のバルコニーに出るという発想がなかった。 「詩織さんが淹れてくれたコーヒーを飲みながら天体観測というのも乙ですね」 「そうですね……帰ったら準備しましょう!」 (キャンプみたいにコーヒー片手に夜空を見上げるなんて素敵すぎる)  だったら夕飯の時間をずらそうか……と考えているうちにデザートのそば粉クレープが運ばれてきた。 「お待たせいたしました。『信州そば粉のクレープ、バニラと白桃のコンフィチュール添え』でございます」  長野県産の白桃で作ったコンフィチュールとバニラアイスが載せられている。コンフィチュールの照りを見て口内の唾液が増した。 「いやぁ~ん、おいしそう!」  食べるまえから頬が落ちそうだ。思わず両頬に手を添えて歓声をあげると、佳人が吹き出して笑っている。われながら現金なのはわかっている。食べ物に素直に反応してしまう自分を少しだけ恥じた。 「はしたないところをお見せしてすみません」 「謝らないでください。本当にあなたという人は……。詩織さんと食卓を囲むと幸せな気持ちになりますよ」  屈託なく笑う佳人に癒される。  食事を終えてホッとしている自分に気づいた。レストランに入った直後はがちがちに固まっていたが、空腹が満たされて気持ちに余裕ができたのかもしれない。  ホテル内の土産物屋で国木田への土産を二人で選んだ。野沢菜の漬物や長野県産のりんごを使ったアップルパイの箱を抱える詩織の姿に、佳人があきれた。 「詩織さん、カズは一人暮らしですよ。いくつ買う気ですか?」 「でも、国木田さんは佳人さんのわがままを聞いてくれるから、これくらいサービスしてあげないとかわいそうです」  親友といえど社員サービスは必要だと詩織が主張すると、佳人はあっさり折れた。 「アップルパイは、詩織さんのぶんも買っておいたほうがいいのではありませんか?」 「えっ、あー……そうですね」  アップルパイは詩織自身が食べたかったのもある。ただ欲張って食べ過ぎれば当然体重に影響してくるので迷っているところだったのだ。こそこそと選んでいると、買い物カゴごと佳人に奪われた。自分でお金を払うと主張したが彼にあっさり却下された。 「代わりに今夜のコーヒーを淹れるときは、腕によりをかけてください」 「……わかりました」  土産物が入ったレジ袋をぶら下げた佳人の隣を歩く。佳人が空いたほうの手を差し伸べたので、反射的につかんでしまった。 「今年は詩織さんがいてくれて楽しかったです。また来ましょうね」 微笑みかける佳人に対して、詩織は曖昧に笑うしかなかった。
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