心の扉

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 夕飯のあとに、二階のバルコニーで二人きりの天体観測会が行われた。 「見事ですねぇ……東京とは大違いだ」  壮大な星空を見上げて佳人は歓声を上げた。彼が座っている折りたたみ式のレジャーチェアは物置小屋から探し出してきた。昔、祖父とバーベキューをした際に使ったのだという。 「佳人さん、コーヒーをどうぞ」 「ありがとうございます」  キッチンで淹れてきたコーヒーを佳人に渡した。 「軽井沢で見る星は本当にきれい。昔と変わってないなぁ~」 「昔から、こうやって星を見ていたのですか?」 「何かのついでに空を見上げていました。庭で花火をしたときとか、友達同士で肝試しした帰りとか、バーベキューパーティーとかも」  ちょっとしたイベントがあるときに限り、夜の外出が認められた。そのとき見上げた星空の印象が強烈だったにすぎない。それでも、大人になってからふと夜空を見上げる機会が増えた。  楽しいイベントの余韻と相まって、星空=いい思い出という公式が頭の中に出来上がっていたのだ。  今日だって、詩織にとっては大切な一日だった。  コーヒーを一口飲んで詩織は切り出した。 「あの……色々ありましたけど、佳人さんが一緒にいてくれてよかったです。そうじゃなきゃ、軽井沢は今でも悲しい場所でしかなかったと思います」 「詩織さんの気持ちが少しでも楽になったのならよかったです。明日の午後にはここを発たなければなりませんから、今夜は星空を満喫してください」  コーヒーカップを椅子の座面に置いて、再び空を見上げる。 (えぇと、夏の大三角形だったかな?)  小学生のころに覚えた夏の星座を思い出した。南の空に輝く赤い星がさそり座の一等星――アンタレスと知ったのもそのころだ。  大自然のプラネタリウムはやはり迫力がちがう。  満天の星を見上げている自分たちはちっぽけな存在にしか思えない。
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