決断のとき

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 佳人は出先からオフィスへ戻る途中、あるジュエリーショップに立ち寄った。  口コミサイトのレビューを参考に選んだ店だったが、予想以上に仕事が早い。二度目の来店でオーダーに適った指輪が仕上がってきた。 (事前にサイズを聞いておいて正解だったな)  まえに服を買いに彼女を街へ連れ出した際、装飾品も購入しようとしたら全力で拒まれた。アクセサリー類は邪魔になるだけだと言っていたが、衣料品以上に値が張るからだ。  話のついでに指のサイズも聞き出しておいた。  あらたまって聞けば、彼女だってさすがにピンとくるだろう。せっかくのサプライズが台無しだ。詩織はアクセサリーを身に着けないと言っていたが、婚約指輪だけは贈っておきたい。  その次こそ結婚指輪だ。 「待たせたな、カズ。車を出してくれ」  駐車場に待たせていた車に乗り込んで、指輪の箱を大事そうに両手で包み込む。 「佳人、その……少し早すぎないか。再会してから二カ月も経ってないだろう?」  ルームミラー越しに珍しく国木田が言いよどむ。  プロポーズが早すぎると言いたいのだ。 「僕がどれだけ彼女に恋焦がれてきたか知っているだろう?」 「それはわかっている。俺は詩織ちゃんにとって早すぎないかって言っているんだよ」  詩織は今年の春大学を卒業したばかりだ。大人とはいえ社会人一年生。まだ積むべき経験はたくさんあるはずだ。 「俺の妹が二十歳かそこらで結婚するって言い出したら、やっぱり一度くらいは止める」  国木田には六歳離れた妹がいる。詩織に対しても兄目線で心配しているのだ。 「カズが言いたいことはわかるよ。だが彼女は、両親と死別してから複雑な経験を重ねている。僕たちとはちがう苦労だ」  年齢だけで経験値や苦労を推し量るのは難しい。 「それに妹に手をつけておきながら責任をとらない男を、お前は許せるか?」  そこまで言うと国木田は反論できなくなった。  佳人ははじめから覚悟して詩織に近づいた。彼女を自分の手あかまみれにした責任はとる。しかし責任というのは建前だ。  どうしても、詩織がほしい。その想いが佳人を突き動かしている。 「彼女は不安なんだ。僕の気持ちを信じきれずに……」  指輪を購入したのだって、詩織に自分の気持ちを形にして見せたかったからだ。本来あってもなくてもかまわない。だが、彼女が指輪一つで安心してくれるなら安いものだ。  ポケットのなかでスマホが振動しはじめた。  ディスプレイされたのは詩織の警護を続けている社員の名前だ。  電話に出るとスタッフの声から動揺が見て取れた。 「わかった……追跡を続けてくれ」  通話を終えたスマホを握りしめた。 (そろそろ警護を外そうかと思っていた矢先にこれだ!)  唇をかむ。これ以上、彼女が傷つけられるのはまっぴらだ。 「カズ、行き先を変更してくれ!」  険しい声が車内の空気を震わせた。
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