決断のとき

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 幸せで、期待に満ちていたからこそ、失うショックが大きい。両親を失ったとき、会社を解雇されたときがそうだった。  そのうえ、本気で好きになった人との愛を手放すことにもなれば生きていけない。 「これから先、他の男性を佳人さん以上に好きになれるとは思えません。比べるなんてできない……結局、わたしが強くなるしかないってわかったんです。だから覚悟を決めました」 「覚悟……とは?」  佳人の問いに詩織は自分のカバンからあるものを取り出した。 「これは……!」  差し出された用紙を受け取り佳人が息をのむ。彼女が渡したのは婚姻届だったのだ。 「まさか、これをもらいに区役所へ?」 「わたしは失業中だし、お金もないし、もう帰る家だってありません。だけど、佳人さんを幸せにしたいって気持ちだけは誰にも負けません!」  自信を持って言えるのはそれくらいだと気づいたのだ。彼の幸せを考えたからこそ、臆病な詩織は身を引くという選択肢ばかりを考えていた。 愛だけで幸せになれるとは思っていない。  それでも、そばにいてほしいという彼の言葉を信じたかった。二人で幸せになりたいと心から願った。  何より、彼のために行動したいという自分の気持ちがこれまで以上にふくらんでいる。 「だから……よければ、わたしをお嫁にもらってくれませんか?」  真剣なプロポーズのはずが、佳人が急に噴き出した。 「あなたって人は……!」  笑いのツボに入ってしまったのか、彼は笑い声を抑えられずにいる。  完全にあきれているのだろう。昨日まで結婚というワードを敬遠していたくせに、今日は自分から婚姻届を持ち出したのだ。いくら気持ちの切り替えが早いといっても、極端すぎる。自分でもこんな性格が時々嫌になる。  だが、彼と一緒に幸せになりたい――それが答えだ。  ひとしきり笑ってから佳人は呼吸を整えた。彼の目尻に涙が浮かんでいる。 「昼まではどうやってあなたを口説き落とそうかと頭を悩ませていたのに、今度は自分からもらってくれですって?」  詩織は反射的に「すみません」と謝ってしまった。
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