出発

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出発

出発の日になった。見えない壁が消えたのかどうかは分からなかったが、魔王の言っていることと、『四天王』の暦の数えが正しいのを信じるしか無かった。 シュタイナーは遠出用のリュックをひとつ抱え、飛行魔法で城を出た。遥か下方には色鮮やかな魔族領の首都トラスラスが広がっており、目を凝らせば魔族たちの営みを見ることが出来た。 しばらく飛んでいるうちに下の風景は山々へと変わっていき、時々魔族たちの集落が見えるほどの田舎になった。 シュタイナーは緊張していた。この世界での故郷に戻れるという期待、数日前にトレントが話した危険への不安、そして涼しい風を浴びながら空を飛ぶ爽快感。それらが合わさってシュタイナーの心は複雑な思いだった。 海岸へと着き、海を渡り始めると日差しが強くなってきた。シュタイナーは速度を上げて少しでも強く風を浴びようとしたが、あまり効果はなさそうだった。海では魔族の漁師たちが装飾の凝った船に乗って漁をしていた。 もはや魔族領を越えたのか、そうでないのかが分からなくなった。下の漁師たちもいなくなっていた。シュタイナーは変わらない風景に飽き始め、クルクルと回りながら飛んでみたり、上下に移動して高低差をつけながら移動したりした。 しばらく飛んでいるとまた漁船が見えた。しかしそれは魔族が一般的に使う漁船とは似て非なるものだった。魔族のものほど装飾に凝っていない。 目を凝らして見てみると、その船には幾人かの人間が乗っていた。とすれば人間領へと着いたのだ。シュタイナーの胸の高鳴りはさらに大きくなった。人間は多くの魔族と違い、角も生えていなければ顔色ももっと赤みを帯びており、目も魔族のように濁っていない。 漁船は海岸に近づくにつれて増えていき、たくさんの船が下を通っていった。人間たちの海産物好きは健在らしかった。 海岸に着くとシュタイナーは一度地上に降りた。砂浜をよく踏んでその懐かしさをかみ締めた。魔族領には砂浜は存在しなかった。 「見ねぇ顔だな、おい?」 喜びに胸を躍らせていると、不意に後ろから話しかけられた。そこには漁師の格好をした歯並びの悪い禿げかかった金髪の男が立っていた。 「俺は旅人でね、海を見たのが久しぶりだったからこうして砂浜を楽しんでたのさ。」 「はえぇ、そうかい。こんなもん三日も見てたら飽きらぁ。」 シュタイナーは人間たちの共通語で話をできたことに感動した。目覚めてからというもの、魔族の共通語しか使ったことは無かったからだ。
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