出発

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「やめなさい!!!」 あともう少しでシュタイナーの体に攻撃が届く、というところで森中に轟くような大声がした。 建物の中からアルナと呼ばれた女と共に一人の老人が出てきた。老人は綺麗な白髪を肩の辺りまで自由に下げてボサボサになっており、髭と一体化していた。その顔は優しい性格が溢れている反面、内に秘めた厳しさと知性を感じさせていた。 シュタイナーはその顔に見覚えがあった。 「お久しぶりです、先生。」 軽く咳をしてからそう言って老人は頭を下げた。周りの人間全員が驚愕の顔をしている。シュタイナーも例に漏れなかったが、ほかの人々とは違う事実にひとつ気がついた。 「……アルダー?」 「覚えておられましたか。先生はお元気そうですね。」 先生。その言葉には強い疑問の念が感じられた。アルダーは親愛の念をこちらに向けてはいるが、警戒もしていた。 「俺が唯一の弟子を忘れるわけないだろう。それより今日ここに来たのには深い事情があるんだが、それはここでは話しづらい。」 そう言うとアルダーは未だに警戒態勢であった男女に指示し、子どもたちをどこかへ連れていかせた。そしてシュタイナーと2人並んで建物に入り、アルダーの部屋へと向かっていった。 廊下の突き当たりの茶色い扉の前でアルダーは止まった。アルダーは無言で金色のドアノブを捻りドアを開け、部屋に入った。部屋の中は質素であった。家具は茶色で統一され、入口から見て真っ直ぐ奥には机と椅子があり、机の上にはアルダーの名前が記された細長い木の板があった。机から見て右側には床から天井までの高さの窓がついており、平らな土の土地を見下ろせた。窓のそばには客人をもてなすためであろう低い机と一対のソファが置いてあった。 「先生がおられない間、たくさんの事が起こりました。」 アルダーはお茶を入れて窓のそばのソファにシュタイナーとともに座ると、また咳をしてそう切り出した。たくさん、という言葉を発した時、アルダーの目には様々な思い出がよみがえっているようだった。 「溢れる疑問は数を知りませんが、まず先生の事情をお聞かせ願いたい。」 「魔王が世界を見えない壁で隔てた時、俺は魔族領にいた。そこで魔王の提案を受け入れた。」 「提案?」 「ああ、彼は人間たちに争うことをやめるチャンスを与えようとした。絶対的な壁と50年間の世代交代をもって。彼は将来有望な者たちが悪戯に死ぬことを止めたいと言っていた。」 「それが"壁"のつくられた理由ですか。」 「そうだ。そして俺はその提案に賛成し、達成するため、俺に残っていたほぼ全ての魔力を魔王に渡した。俺は倒れ、ほぼ50年の眠りについて体を回復させ、数ヶ月前に目覚めたところだ。」 「なぜ先生は50年前と変わらぬ姿なのですか?」 シュタイナーはアルダーに顔を近づけるようジェスチャーをし、自身も顔を近づけて言った。 「俺は魔王によってほぼ不老不死の体になっている。」
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