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ハルが引手に手をかけ、扉を少し開け、中を覗き込んだ。
扉の中にあったのはオレンジ掛かった照明の、落ち着いた雰囲気のバーだ。
ハルに手を引っ張られ、アキも渋々 中を覗き込む。
マホガニーのラウンドカウンターの中に、黒のベストに蝶ネクタイの、バーテンダーだと思われる男女が立っていた。
彼らの後ろには、カウンターと同材の酒棚があり、色とりどりのリキュール瓶や、シックなウイスキー瓶が並んでいた。
「アキ、普通のバーみたいだよ」
「あの時だって、普通のレストランだっただろ? 忘れたのかよ。
もう行くぞ! 食材買うんだろ?」
アキが扉に背を向けようとした時、中から人の声がした。
「いらっしゃいませ。日浦陽人様と藤崎陽人様でしょうか?」
振り返ると、先程カウンターの中にいた男性バーテンダーが、近くまで来ていて、笑顔を浮かべて深々とお辞儀をした。
「不審に思われるのも無理はありません。
しかしこの店は、毎年9月18日は その日が記念日の方のみ、特別にお迎えするという条件で、師匠から譲り受けた店なのです。
ですので、ご予約も承っております。
安心してお入り下さい。
きっと素敵な想い出ができると思いますよ」
その時、何故だか今まで抱いていた猜疑心や恐怖心が、スーッと夜風に乗って消えた。
同時に、車のエンジン音やブレーキ音、人の話し声など、街の全ての喧騒が、二人の耳から消えていった。
そしてハルとアキは、店の中に足を踏み入れていた。
この日の、特別な魔法にかけられていたのかも知れない……。
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